夏ノ巻 花火とお盆 5

 居間に入ると、お六が人数分の麦茶を持ってきた。雑鬼たちも一九から降りる。


「暑い時は、水分補給すいぶんほきゅうはとても大事でありんすから、麦湯を冷やしたものでありんす」

「ありがとうございます」


 一九はお六から麦茶を受け取り、口に含んだ。冷たい麦茶が、暑さで火照ほてった体の中にすべり落ちていく。


「おい、一九。その緑と黒の縞模様しまもようのそれは食べ物と言っていたが、本当なのか?」

「それが食べ物!? 初めて見るものでありんすね」


 お六は興味深そうに、つんっと西瓜すいかをつつく。


「これは西瓜といいます。水分が豊富で、冷やして食べるとおいしいんですよ。お好みにはなりますが、塩をつけるとまた別格な美味おいしさになるんです」

「冷やすんであれば、家の裏にある小川にさらしておきんしょう」

「俺がやってくるよ」


 鎌鼬は一九から西瓜を受け取って、部屋を出て行った。


「ところで一九、瓦版かわらばんは持ってきてくれたか?」

「はい。しっかりと、持ってきましたよ。どうぞお受け取りください」


 一九は荷物の中から、妖怪の里を見つけた時のことと、春の行事の穴見と花見を書いた二つの瓦版を、見越に差し出した。

 見越がそれを受け取ると、横からお六と雑鬼たちものぞむ。


「ほう。これがわしか」

「あちきのことも、美人に描いていただいて、うれしゅうござりんす」

「おいらたちもいるー!」


 皆でさわいでいると、鎌鼬が戻ってきた。


「なに騒いでんの?」

「見ろ、鎌鼬! 一九がわしらのことを書いた瓦版だぞ!」

「あぁ、忘れずに持ってきてくれたんだ」


 見越にけられた瓦版を受け取った鎌鼬は、内容に目を落とした。


「どう、ですか……?」

「なかなかいいんじゃない。簡潔にまとまってる割に面白いし、最初の里を見つけたときに出てくる頭領の絵も、迫力はくりょくがあるね」

「ありがとうございます」


 鎌鼬のめ言葉に、一九は安心したように微笑んだ。


「実は版木屋の方と一緒に手売り販売をしているのですが、ありがたいことに皆さん、今までの妖怪ものとは違うため興味を持ってくれて、すぐに完売するんですよ」

「自分で売ってんの? ずかしくない?」

「恥ずかしさはありますが、読者の方に『楽しみにしてた』と言われると、うれしくて」

「もし、人気がなくなったら、どうなるの?」

「それは勿論、そく打ち切りです」


 今まで明るく説明をしていた一九の表情が一気に沈み、一九は頭を抱えてうなした。


「今人気なのは他の妖怪ものにはない珍しさがあるからで、その内人気がなくなって、売れなくなるかもしれません。そうなっては、重三郎さんから、どんなおしかりがあることか! それに打ち切りになったら、今度こそ私の作家人生は終わり! もう立ち直れないかも……」


 すっかり沈み込んでしまった一九を、猿鬼と蛇鬼と球鬼がそばによってきて、なぐさめるように、一九の体に手をかけて、顔を見上げる。


「だいじょうぶだろ! たぶん」

「おこられたら、さとにおいでよ」

「さいのうがないのは、しょうかないことなし」

「うぐぅ」


 慰めではなく、とどめだった。

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