夏ノ巻 花火とお盆 4

 数日後。一九は緑と黒の縞模様しまもようの食べ物、西瓜すいかを持って、箱根の山道を歩いていた。一ツ目地蔵を通り過ぎたあたりで、小さく自分を呼ぶ声が聞こえてきて、顔を上げて目を細めると、木に寄りかかる鎌鼬の足下に、雑鬼三匹が手を振りながら一九を呼んでいた。


「「「いっきゅー!」」」


 一九は彼らに手を振りながら、小走りで近づく。


「お出迎え、ありがとうございます」


 一九がそう言うと、鎌鼬は肩をすくめた。


「こいつらがうるさかったから、来ただけだよ。道中は暑かったでしょ。ご苦労様」

「えぇまぁ。街道かいどうは太陽をさえぎる物がなくて暑かったですが、森の中は涼しくていいですね」

「ところで、今回は頭領が土産に要望を出していたけど」


 鎌鼬はじっと、一九が持っている物、西瓜に目を落とす。


「赤の要素、全くなくない?」

「おや? これをご存じない?」


 一九は西瓜を顔の高さまでかがげるが、鎌鼬と雑鬼たちはそろって首を傾げた。


「なにそれ? まり?」

「たべもの?」

「うまいの?」


 疑問を口にする雑鬼たちに、一九は腰を折って答えてやる。


「これは食べ物ですよ。冷たい水にさらして冷やすと、より美味しく感じるものです」

「おいら、たべたい!」

「ぼくも!」

「おれも!」

「お前ら、食べるのは頭領の所に、持って行ってからだぞ」


 今にも西瓜に飛びつきそうな猿鬼たちを、鎌鼬がいさめる。


「わざわざ持ってきたってことは、頭領の要望には応えられているわけでしょ?」

「えぇ、勿論。きっと驚かれると思います」

「なら早く行こう。一九が来ること、実際に首を長くして待ってるから」


 見越の首は伸縮自在しんしゅくじざい。きっと首を伸ばしては、妻のお六にしかられているであろう姿を想像して、一九は苦笑をこぼした。

 鎌鼬が歩き出すと、一九は雑鬼たちを定位置に乗せてやり、鎌鼬の後を追った。


「あ、頭領の家に行く前に、ちょっと広場に寄るよ。一九に見せたいものがあるんだ」

「見せたいものですか?」


 鎌鼬に連れられて行った広場には、たくさんの妖怪たちと親子妖怪たちがいた。そして、多くののぼりが立っていた。幟の絵を見ると、妖怪退治で有名なはずの坂田金時さかたきんときが、妖怪たちにやられている姿が描かれていた。


「今の時期はちょうど五月の節句だからね。人間も五月の節句はやったりする?」

「あぁ五月の節句ですか。男の子がいるご家庭はやりますが、ここまで大々的にはやりませんね。幟も立てたりしませんし。ところで、一つ聞きたいのですが」


 一九は幟を指さした。


「なぜ、坂田金時がやっつけられているんですか?」

「だって、わるいやつだからな!」


 頭の上にいる猿鬼が答える。


「ぼくたち、なにもわるくないのに」

「おれたちをいじめてたんだ」

「なるほど。だから、悪者だと」


 蛇鬼と球鬼の言葉に、一九はふむふむとうなずいて、手帳を取り出し、


『五月の節句、幟に描かれるは、妖怪退治でおなじみ坂田金時。しかし妖怪たちにとって、人間の正義の味方は、大悪党なり。里を守るため妖怪一同、力を合わせて悪党を追い返せ!』

と記した。


「瓦版の参考になった? じゃ、頭領の家に行こっか」


 2人と3匹は、今度こそ見越の家に向かった。


 見越の家に行くと、見越が屋根に登って、何やら作業をしており、お六が首を伸ばして指示を飛ばしていた。一九は何をしているのかわからず、目をまたたいた。


「頭領ー、お六ねえさーん。一九が来たから連れてきたよー」

「おぉ! 鎌鼬に一九か! 待っていたぞ!」

「一九さん、ようおいでくださいんした」


 お六はしゅるしゅると首を戻して、微笑ほほえみを浮かべて一九たちを出迎える。


「久方ぶりです、見越殿、お六殿。此度こたびもお招きいただき、ありがとうございます」


 一九は深々と頭を下げた。


「お前様、一九さんも来てくださったことでありんすし、休憩きゅうけいにいたしんしょう」

「うむ!」


 見越はどすんっと屋根から飛び降りてきた。そして、腰に手を当てて、一九を見下ろす。


「一九よ、わしが文に書いた『赤いもの』は、持ってきたのであろうな?」

「勿論です。こちらを、ご持参いたしました」


 一九は両手で西瓜を抱えて、見越に見せる。


「む? 赤くないではないか! なんだそれは、まりか?」

「れっきとした食べ物ですよ」


 猿鬼と同じ反応をする見越に、一九は苦笑した。


「皆さん、とにかく中へ入っておくんなし。特に、一九さんは暑い中、長旅で疲れているのでありんすから」


 一足先に家の中へ戻っていたお六が首を伸ばして、見越たちに声をかけてきた。


「そうじゃな。中に入れ」

「はい。またお世話になります」

「はーい」


 一九たちは屋敷やしきに上がった。

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