夏ノ巻 花火とお盆 2

 弥次郎は瓦版に目を落とした。


「ほー。本当に妖怪について書いたんだな」

「えぇ。箱根の先にちゃんとありましたよ」

「あった? それ、どういうことだ?」

「ちょいとあんたたち。話し込むんだったら、よそへ行ってちょうだい。商売の邪魔よ」

「あ、そうですよね。弥次郎さん、どうぞお上がりください。中でぜひ、旅のお話を」

「おう。邪魔するぜ」


 一九は弥次郎を自室へと案内した。


「少々、散らかっていますが」

「少々どころじゃなく、足のがないんだが?」


 一九の部屋は大量に書き損じの紙が散らばっており、あまりの惨状さんじょうに、弥次郎は呆れた。


「俺が片づけてやろうか?」

「いえいえ。大丈夫です。すぐ片づけますから」


 一九は適当に紙を寄せ集め、弥次郎の座る場所を確保する。奥から引っ張り出してきた座布団を軽くたたいてホコリを落としてから、弥次郎にすすめた。弥次郎は遠慮えんりょなく、座布団に座る。

 一九は文机ふみづくえの上に広げていたものを、無造作に下に落とすと、ネタ手帳を広げた。そんな一九にまたしても、弥次郎は何とも言えない顔をする。


「そんなことしてっから、部屋が片づかないんだよ」

「これは後で見るからいいんです。それより、お話を!」

「はいはい。と言っても、前に文を送ったろ? それに大半のことは書いたんだが」


 そう前置きして、弥次郎は旅の道中にあった出来事を話した。一九は一言もらすまいと、相槌あいづちを打ちながら、手帳に書き記していく。


「ま、こんなもんだな」

「ありがとうございます。次回作の参考にさせていただきますね」

「もう次回作を考えてんのか。売れっ子作家先生は忙しいねぇ」


 弥次郎がからかうように言うと、一九は口を尖らせた。


「私は切実なんですよ。今は妖怪の行事を書いているこの瓦版が人気だからいいですが、人気が落ちたら、即打ち切りって重三郎さんから言われているんですから」

「そう。それだよ」

「なんです?」


 一九は弥次郎の言いたいことがわからず、小首を傾げた。


「さっきも言ってたが、妖怪の里ってのは、本当にあったのか?」

「瓦版に書かれていることは、全て事実ですよ。まぁ、お客さんはそう思っていませんが」

「そりゃそうだろ。俺だって信じられねぇよ」

「本当のことなのに……」


 一九は頭を悩ませた。せめて仲良くなった弥次郎には、妖怪のことは信じてほしかった。


「カアカア!」


 その時、外から鴉の鳴き声が聞こえてきた。障子窓しょうじまどを見ると、からすの影がそこにあった。一九は「しめた!」と顔を輝かせた。


「弥次郎さん、決定的な証拠しょうこをお見せします!」


 一九は窓を開けて、三ツ目がらすを招き入れる。鴉は一九の文机の上に止まった。

「証拠って、この鴉が?」

「はい。この子の顔をよく見てください」


 一九に言われて、弥次郎は腕を組んで鴉をじっと見つめる。鴉もじっと弥次郎を見つめ、ぱちりと三つの目でまばたきをする。


「うおぉ!? い、一九! こ、こいつ、目が三つも!?」


 弥次郎は鴉に目が三つもあることに、腰を抜かすほど驚いた。一九は得意気に笑う。


「はい。この子は正真正銘しょうしんしょうめいの妖怪。そして妖怪の里の頭領、見越入道殿の使いの三ツ目鴉です。この子が、里からのふみを運んでくれるんです」

「カア!」


 一九は三ツ目鴉の体に結ばれていた風呂敷をき、文を取り出した。

 宛名あてなには以前と変わらず、豪快ごうかいな見越の字で「一九」とあり、裏には、今回はちゃんと差出人である見越入道の名前が記載きさいされていた。

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