夏ノ巻 花火とお盆 1

 妖怪たちの行事、穴見と花見を楽しんだ一九は、江戸に戻って春の行事を記した瓦版かわらばんを書き上げた。


 これまで出版されていた妖怪系の物語は、妖怪退治を主とした勧善懲悪かんぜんちょうあくな話が多かった。だが、一九が書いた作品は、妖怪たちの行事もの。

 前回も人気をはくした瓦版ということと、今までにない物語に人々の関心は高まり、今回の瓦版もまたたく間に売り切れた。勿論、最初の瓦版を買ってくれた湯屋の常連客の3人組もやってきて、今回の瓦版を買ってくれて、一九の書いた内容と絵を大絶賛だいぜっさんしてくれた。


「お買い上げ、ありがとうございました!」


 一九は瓦版を読んで、笑顔で会話をしながら散っていく客たちに頭を下げた。


「今回も大好評だいこうひょうっすね、一九先生!」

「えぇ。よかったです、一定の読者層がついてくれたように思えますね」


 今回も販売を手伝ってくれた版木屋の佐吉の言葉に、一九はほっとしたように笑った。


「こりゃまた、ずいぶんと大盛況だいせいきょうだな、一九」

弥次郎やじろうさん!」


 軽く手を挙げて声をかけてきたのは、一九が初めて箱根に向かう時に一緒に旅をした弥次郎だった。


「こちらに帰ってきていたのですね」

「おう。しかし、まさか作者本人が自ら売ってるとはねぇ」

「重三郎さんが、瓦版は辻道で売ってこそだろうって、言うからやっているんですよ」


 一九と弥次郎が親しげに会話をしているので、佐吉は少し困ったようにほおをかいた。


「あの、一九先生、俺、先に蔦屋さんとこ戻ってましょうか?」

「あ、すみません。報告しないといけませんし、私も戻ります。弥次郎さんは、この後お時間ありますか?」

「おう。一九に旅の話をしてやろうと思って、会いに来たからな」

「それはありがたいです! じゃあ、行きましょうか」


 三人は連れだって、版元蔦屋に向かった。


「戻りました」

「おかえり。今回も全部売り切ったようね。ってあら、お客さん?」

「ど、どうも」


 初めてみる『妖怪蔦屋』と呼ばれる蔦屋に、弥次郎はびくびくと少しおびえながらも挨拶あいさつをする。


「彼のことは後程のちほど、ご紹介しょうかいしますね。先に佐吉さんに今回の分と追加分の支払いを」

「そうね。ほら佐吉、今回の分と追加分だよ。持っておいき」

「あざっす! 今後ともよろしくっす!」


 佐吉は報酬を受け取って、足早に帰って行く。


 蔦屋は改めて、一九の後ろに立つ弥次郎に視線を向けた。一九は弥次郎を手で示した。


「紹介しますね。陶芸家とうげいかの弥次郎さんです。初めて箱根に向かう時に、一緒に旅をした方です。弥次郎さん、こちらは版元蔦屋の主人、蔦屋重三郎さんです」

「あぁ、あなたがねぇ。一九から話を聞いているわよ。一九が世話になったそうね」

「いやいや。世話になったのはこっちだ。一九の書いてくれた引き札のおかげで、俺は道中もいい商売が出来たんだ」


 蔦屋と弥次郎は、互いに挨拶の握手を交わす。


「ところで、一九が書いた前の瓦版がほしいんだが、難しいか?」

「売ってるわよ。今日発売のは売り切っちゃったから、欲しかったら後日きて頂戴ちょうだい。前回のはあるわ。一つ六文よ」

「ほれ一九。代金な」

「はい、確かに。ちょっとお待ちくださいね」


 一九は瓦版を持ってくると、弥次郎に差し出す。

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