春ノ巻 穴見と花見 17

「一応、桜の名所に行きはしましたが、あまりにもすごい人込みで花見をあきらめて帰りました。だって、桜の数より人の方が多いんですもん。目当ての甘味処かんみどころ長蛇ちょうだの列でしたし」


 一九がため息をつきながら言うと、ほお米粒こめつぶをつけた猿鬼が、一九を見上げた。


「いっきゅーは、だれかといかなかったのか?」

「そのときは、一人でしたね」

「ともだち、いないの?」

「かわいそうなやつだぜ!」


 蛇鬼と球鬼にも言われ、一九は憤慨ふんがいする。


「失礼な! 私でもいますよ、友人くらい」

うそっぽ」


 鎌鼬の発言にも、一九は怒りを見せる。


「鎌鼬殿もひどいじゃありませんか!」

「いや、あんたみたいな変人と友人関係を築くなんて……。そいつも変人なの?」

「なんで変人前提なんですか。私だって、変人じゃありませんよ!」

「いるかもわからない妖怪を探しに、箱根までやってくるなんて、変人か馬鹿しかいないよ。あ、一九は両方だったね」

「穴の中で、機嫌が悪いからといって、私に八つ当たりしないでください!」


 一九が怒ると、鎌鼬は不貞腐ふてくされたようにそっぽを向いてしまう。


「鎌鼬のことは、ほっときなんし。さ、一九さんもどんどん、食べておくんなし」

「はい。ありがとうございます」


 お六に促されて、一九は止まっていた箸を動かした。


 みんなで楽しく騒ぎながら食べていた弁当は、あっという間になくなってしまった。

 見越はぱちんっと、手を合わせる。それに併せて、一九たちも手を合わせた。


「うまかった! ごちそうさまだ!」

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

「「「ごちそうさまー!!」」」

「はい。お粗末そまつさまでありんした」


 お六は弁当を風呂敷に包み直しながら、言葉を返した。

 見越は「どっこいせ」と言いながら、立ち上がった。


「では一九、次に参るぞ!」

「はい? 次って、いったいどこにです?」


 見越は用件を言わずに、どんどん穴の奥へと進んでいく。雑鬼たちも、飛び跳ねながら、見越に続いて奥の暗闇へと姿を消す。


「ほら、行くよ」

「え? え?」


 鎌鼬は戸惑とまどう一九の背中を押して、一緒に歩き出す。お六は微笑みを浮かべながら、空の重箱を乗せた荷車の付喪神つくもがみを引き連れて最後尾を歩く。


 洞窟の中は、広くなり、狭くなり、大きな穴があり、小さな穴もある。それらの穴では、いろんな妖怪たちが、小さなろうそくをお供に、穴見を楽しんでいた。


「おぉ、人間の客人よ! 穴見は楽しんでおるか?」

「人間は、穴見などせんだろう?」


 道すがら、一つ目の妖怪たちに声をかけられ、一九はなごやかに答える。


「はい。皆様方の発想は、面白いですね。花をでるのではなく、穴を愛でるなんて」

「わははは! そうだろう、そうだろう!」

「我らの行事、面白可笑おもしろおかしく書いてくれよ!」

「勿論でございます」


 彼らと別れ、また歩き出す。

 しばらく行くと、出口が近いのか、進むごとに光りが足元を照らし始める。


「でぐちだー!」


 猿鬼が走り出すと、続いて蛇鬼と球鬼も飛び出して行った。


「っ」


 今まで真っ暗に近い洞窟の中にいたので、光が目に刺さり、一九は思わず目元をおおい、顔を伏せた。何度か目をまたたき、光に目を慣れさせ、ゆっくりと顔を上げた。そして目の前に広がる光景に、一九は瞠目どうもくした。


 洞窟の先にあったのは、今までに見たこともないような、巨大な桜の木だった。樹齢じゅれいは推定でも千年はいってそうだ。


「そんなに驚きんしたか?」

「妖怪だって、花見をする奴はいるんだよ」


 お六と鎌鼬は、呆然としている一九に、そう告げる。


 桜の巨木の下では、化け兎や化け狸などの妖怪たちが、飲めや歌えやの宴会をしていた。

 一匹の狸が立ち上がり、ぽんぽこぽんっと腹鼓はらづつみを打つ。すると桜の巨木が、狸の腹鼓の音に合わせて、幹をしならせ、枝を揺らしておどり出したのだ。


「ど、ど、どいうことです!?」

「妖怪の里にあるものが、普通なわけがないでしょ」

「あれは万年桜まんねんざくらの妖怪でありんす。一年中、桜の花を咲かせているのでありんすよ」

「そう、なのですか。妖怪だから、踊るんですね。なんだか規模が違いすぎて……」


 その時、先を歩いていた見越と雑鬼たちが振り返った。


「お六に一九、鎌鼬! 何をしておる! わしらも狸らの宴に参加するぞ!」

「するぞー!」

「いっきゅーたちもはやく!」

「おいてっちゃうぞ!」


 見越たちに急かされ、一九たちは顔を見合わせる。


「はいはい」


 お六と鎌鼬が歩き出し、それに続こうとした一九だったが、その場で足を止めて矢立やたてと手帳を取り出した。


『みんなで穴を愛でましょう。

 これはこれは、立派な穴じゃあござりませんか。それ薄暗い穴の中で、重箱のお弁当を食べながら、飲めや歌えやの宴会騒ぎ。

 ついでに花も、愛でましょう。ほこるは幹をしならせ、枝を震わし踊る万年桜。桜の下で響くは狸の腹鼓。みんなで楽しく踊りゃんせ。

 これが彼ら妖怪の、春の行事でございます』


 妖怪たちが、穴見と花見で楽しむ様子を、一九はさらさらと書き上げた。


「一九! 早く来んか!」

「はい! 今行きます!」


 見越に再度呼ばれ、一九は桜の下で行われている狸たちの宴会場へ、足早に向かった。

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