春ノ巻 穴見と花見 16

 たしかに鳥山石燕とりやませきえんの描いていた鎌鼬は、風の渦の中心に描かれていた。


「妖怪全員が、穴見を楽しむわけじゃないんですね」

「個人差があるのは、当たり前でしょ。そこはさすがに妖怪も人間も変わらないよ」

「おっしゃるとおりですね」


 鎌鼬の指摘に、一九はうなずいた。すると突然、見越が立ち上がった。


「なにを言うんじゃ、鎌鼬! 穴見を楽しむのが、妖怪というものだろう!」

「外で騒いでるやつもいるでしょ」


 一瞬、言葉にまる見越だが、ふんっと鼻を鳴らして胸を張る。


「外でなら、いつでも騒げるわ!」

「穴見も似たようなものじゃない。ただ春の季節が一番、過ごしやすいってだけだし」

「……」


 今度こそ、見越は黙り込んだ。


「「「とーりょー、よわーい」」」


 雑鬼3匹にも追い打ちをかけられ、見越は長い首をらして、地面に顔をつけてしまう。それを見て、一九は慌てる。


「見越殿、そんなに落ち込まないでください! 見越殿は私が、妖怪の皆様の行事を知りたがっていたから、こうして穴見というものを、紹介してくださったのでしょう?」

「う、うむ。だが、鎌鼬の言うように、こんな暗い場所で騒ぐより、桜の下で騒ぐ方が一九も好きであろう?」


 上目遣いで一九を見上げる見越。


(お六殿のような女人や、可愛らしい雑鬼たちに上目遣いをされるならまだしも、髭もじゃで剃髪の体格のいい見越殿にされても、まったくといっていいほど嬉しくないですね)


 一九の心は大変素直であった。しかし、大人でもあるので、内心の感情は表に出さず、一九は見越に、にこりと微笑ほほえんだ。


「人間は、桜の木の下を通るだけの花見を楽しみます。ですが、穴見なんてものはしません。昨日も言いましたが、瓦版のネタになります。それに、他の方々の話も聞けますし」

「そうか! お前の仕事の参考になるか! お六の飯も一緒だと、もっと楽しいぞ!」


 見越は首をぐいっと起こし、胸を張る。


「あのまま静かにさせておけばよかったのに」

「まぁ、そういわずに」


 見越が元気を取り戻したのを見て、鎌鼬が見越に聞こえないように呟いた。


「お待たせいたしんした」


 そこへお六が、小さな台車の付喪神を引き連れてやってきた。台車の上には風呂敷に包まれた重箱のお弁当箱が乗っている。


「ようやく来たか! さあ食べるぞ!」


 お六は台車から重箱を下ろし、風呂敷を解き広げる。そして順番に、重箱を置いていく。


「わぁ!」

「すごい」


 重箱の中身を見て、一九たちは思わず感嘆の声をもらす。

 一段目には、おかかと黒豆のおにぎりが入っており、二段目には山菜の天ぷら。三段目には野菜の煮物などが入っていた。

 お六が人数分のはしを回すと、全員が受け取ったのを見て、見越が手を合わせた。


「では、さっそく食すとしよう!」

「「いただきます!!」」


 一同はさっそく、弁当に手を伸ばした。

 一九は好物の天ぷらに舌鼓したづつみを打ち、心の底から幸せな気持ちになった。


「皆様と外で、一つのお弁当をつつく。なんだか新鮮で、とても楽しいです。美味しいおかずが、更に美味しく思えます。食事は人を幸せにするんですね」

「うむ。飢えは思考をにぶらせる。1人での食事は孤独がまさり、味気ないものになる。食事はこうして皆で囲み、楽しくとるのが一番じゃ」

「最も人間は、やれ身分がどうとか、体裁ていさいが悪いだとおっしゃいんす。でも、本当なら助け合って楽しゅう生きるのが一番でありんす」


 見越とお六の言葉は一九の心に深く響いた。


 一九が江戸に来たばかりの頃は、ただ生きるのに必死で、何とかその日暮らしでしのいでいた。だが悪運が重なり、行き場を失った一九が生きていられたのは、古くからの知り合いであった蔦屋に偶然再会し、拾ってくれたおかげであり、里に出入りできるのは、頭領である見越入道の協力があってこそだ。


「ところでさ」


 口いっぱいにお六の作った料理を頬張っていた鎌鼬が、食べ物を飲み込んでから、一九に視線を向けた。


「人間は春の行事は、どんなことをするの?」

「雛祭りもしますが、やっぱり花見が大きい行事ですかね。皆で桜を眺めて楽しみます」

「一九はしないの?」


 鎌鼬の問いかけに、箱根に来る前に訪れた上野の状況を思い出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る