春ノ巻 穴見と花見 15

 翌朝、一九はあてがわれた部屋で、目を覚ました。一九の部屋は屋根がないということもなく、床板もくさり落ちていない。布団ふとんもぼろを渡されるかと思いきや、状態のいいものを、鎌鼬が自分の家から持ってきてくれた。本人いわく、寒いのが苦手らしい。


 布団をたたんだ一九が居間に顔を出しても人はおらず、くりやから音が聞こえてきた。

 一九が覗くと、お六が付喪神たちに指示を飛ばして朝餉あさげを作っていた。


 あまりに予想外の光景に、一九が愕然がくぜんとしていると、お六が一九に気がついた。


「おや? おはようござりんす、一九さん」

「おはようございます、お六殿。すごい光景ですね」

「指示さえすれば、付喪神つくもがみたちが全部、下ごしらえなどをやってくれんす。わちきがするのは味付けと盛り付けくらいでありんす。だからどうぞ、居間で待っておくんなし」

「そうさせていただきます」


 するとそこへ、見越が首だけやってきた。


「お六~、茶をくれ~」

「先に顔を洗ってきなんし!」

「ぶっ!」


 手ぬぐいで顔をたたかれ、「邪魔でござりんす!」と、追いやられる見越。


(かかあ天下だなぁ)


 夫婦のやりとりに、一九は笑いをこぼさずにいられない。

 一九が大人しく居間で待っていると、顔を洗ってきた見越と、雑鬼たちを連れた鎌鼬がやってきた。


「おはよ」

「おはようございます、鎌鼬殿。猿鬼と蛇鬼、球鬼もおはようございます」

「「「おはよー、いっきゅー」」」


 一同は昨日と同じように席について、食事をとる。


「一九、鎌鼬。飯を食い終わったら、穴見に行くぞ」

「わかりました」

「あちきはお弁当を作ってから行きんすので、先に行っていてください」

「うむ。弁当、楽しみにしておるぞ」


 食事を終え、男たちだけで茣蓙ござを持って見越の言う穴見の会場となる場所に向かった。

その際に、雑鬼たちが一九の上に乗ることに、一九は文句を言うことをあきらめた。


「では、参るぞ!!」

「いや、戦じゃないんだからさ。そんなに、気張らなくても良くない?」


 鎌鼬の突っ込みにも、見越には聞こえていないようで、意気揚々と歩いていく。そんな見越に半ば呆れながら、一九と鎌鼬は続いた。

 見越に案内されてやってきたのは、見越の屋敷よりも更に奥の、山に近い部分だった。そこには見越がぎりぎり通れるくらいの穴が開いていた。


「これは洞窟どうくつ、ですか?」

「そうじゃ。ほれ、中に入るぞ」


 見越の後に続いて、ぞろぞろと中に入る。


「おぉ!」


 そこはせまい入り口とは正反対に、中はとても大きな空洞くうどうとなっていた。

 中にはすでにたくさんの妖怪たちがおり、小さなろうそくの火が揺らめき、妖怪特有の不気味さを増している。


(せめて顔の真下ではなく、もう少し放して持てば、そこまで怖さはないのですがね)

「ほら一九。持ちなよ」

「あ。ありがとうございます」


 一九が考えている間に、鎌鼬がろうそくを用意してくれて、手渡してきた。

 一同は広げた茣蓙の上に座る。近くでは、すでに別の妖怪集団がさわいでいた。


「良い穴じゃ!」

「大きくて、暗くて、よい穴じゃ!」

「わしゃあ、もっと小せぇのがええのぉ」


 口々にそう言いながら、妖怪たちは小さなろうそくを輪の中心に置き、重箱を広げて弁当を食べていた。


「小せぇのがいいなら、この奥にあんべ。食い終わったら行きゃいいさ」

「おお! そうか、そうか。それならええ。穴見は、いろんな穴を楽しまなきゃなぁ!」


 妖怪らの言葉を聞いて、一九は顎に手を当て、指先であごをかるくたたく。これが、一九の考える時のくせである。


(あなみって、穴を見ると書いて、穴見なんでしょうか。人間が桜を見て楽しむように、妖怪たちは暗い穴の中で、いろんな穴を見て騒ぐ。人間は絶対にしない行事ですね。そもそも身近にこんな洞窟なんてありませんし)

「う~む。お六はまだかのう?」

「もうすぐじゃない? というか、外で待っててもよかったじゃん」


 そう言いながらも、鎌鼬はどこか、そわそわと落ち着きがない。


「鎌鼬殿? どうされたのですか?」

「俺、閉鎖空間へいさくうかんって、あんまり好きじゃないんだよね。風をあやつるのが俺の力だからさ」


 一九は鳥山石燕の『画図百鬼夜行』を思い出す。

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