春ノ巻 穴見と花見 14

 ぜんの上には、一九が持ってきたたけのこを使ったみご飯と、いもっころがし。豆腐の味噌汁みそしる胡瓜きゅうりものと、魚の塩焼きが置かれている。


「す、すごい……豪華ごうかですね」


 江戸の庶民しょみんの暮らしと言えば、米に漬け物があればいいほうで、味噌汁とおかずがあるとなると、かなり贅沢な食事となる。

 一九の場合、家主である蔦屋つたやが稼いでいることと、食事に気を使ってくれているため、豊かな食生活を送っている。だが、まさか妖怪たちがこのような贅沢ぜいたくな食事をしているとは、思っていなかったのだ。


「そう? まあ今日は普段より、ちょっと豪華だけど。あまり大差ないよ?」


 鎌鼬の言葉に、一九は呆気あっけにとられる。


(食生活は江戸の庶民よりも豊かなようですね。まぁ、かなり大きな田畑もありましたし)


 一九がいろいろと考えている横で、鎌鼬はふりふりとうれしそうに、尻尾しっぽを振りながら、見越の左側に置いてあった膳の前に座った。


「一九もほれ。とっとと座らんかい」

「あ、すみません!」


 見越に言われて、一九は空いた膳の前に座る。ちょうど、見越の正面に当たる席だった。


「それじゃあ、いただきます!」

「「いただきます」」


 全員で手を合わせ、はしを手に取った。

 一九はまず、味噌汁を口に含んだ。ちょうどよい塩梅あんばいの味に満足そうに口をほころばせ、今度は芋の煮っころがしに手を伸ばした。

 箸で持てる程度のかたさはあるのに、口に入れた途端とたん、ほろほろと崩れ落ち、ほどよい甘さが広がる。


「お味はどうでありんす?」

「とても美味おいしいです! こんなに心がほっとするような食事は、久々です」

「江戸では、そんな貧相ひんそうな食事をしているのでありんすか?」

「あ、いえいえ」


 お六が心配そうな顔をするので、一九は首を横に振って否定する。


「私は雇い主が気を使ってくれているので、栄養のある食事をさせていただいています」

「俺、たまに箱根の宿場町に行くけど、旅人の話だと、江戸って栄えている分、貧富ひんぷもあるんでしょ?」

「えぇ。私も雇い主に拾われるまで、ずいぶんと貧しい暮らしを送っていました」


 一九が江戸に来た頃は浄瑠璃じょうるりも上演してもらえず、口入れ屋にたのんでも、仕事を斡旋してもらえることはほぼなく、傘張りや引き札の仕事もほぼ無く、収入がなかった。


(本当に、あそこで重三郎さんに会えてなかったら、私は死んでいたでしょうね)


 食事が終わると、お六が食後のお茶を淹れてくれた。食べ終わった膳は、突然目が現れて、自分たちの足で、くりやに向かっていった。一九はぽかんっと口をあけて、それを見送る。


「い、い、今のは?」

付喪神つくもがみ。基本的に里にある道具は、みんな付喪神と思ってたほうが、驚きが少ないよ」


 お茶をすすりながら言う鎌鼬に、一九は考えが追いつかず、「先に言ってください」とつぶやいた。


「一九よ」

「はい?」


 そんな一九の様子を気にもとめず、見越は一九に声をかける。一九は湯呑ゆのみを置いた。


「明日はお前を、穴見に連れて行ってやろう」

「あなみ? それはいったい……?」


 見越が何を言っているのかわからず、一九は首を傾げる。


「うたげだよ!」

「みんなで、あなのなかで、さわぐの!」

「おっきいあなをみつけて、みんなでよろこぶんだぜ!」


 猿鬼、蛇鬼、球鬼の順で説明をしてくれるが、一九は余計に混乱した。


(何も説明になってないんですが……。とりあえず、穴の中で騒ぐことしかわからない)

「行けばわかる! 我らの春の行事だ!」


 一九が困惑しているのがわかったのか、見越がそう言った。


「なるほど。人間とは全く異なる行事ですね。これぞまさしく、私が望んでいた行事。瓦版に書くにはもってこいです! 明日を楽しみにしております」


 一九はにっこりと笑った。その時、鎌鼬が一九に顔を向けた。


「そういえば、一九。妖怪の里があるって瓦版かわらばんは完売したんでしょ? 俺たちもそれ読みたいから、今度持ってきてよ」

「おぉ! そうじゃな。当事者であるわしらを、一九がどのように書いたか気になる。ぜひ、持ってきてくれ!」

「わかりました。次来るときから持参するようにしますね」


 一九は鎌鼬と見越の提案にうなずき、瓦版を持ってくる約束を交わした。

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