春ノ巻 穴見と花見 13

 一通り里を回り終え、見越の屋敷やしきに戻る道すがら、一九はつぶやいた。


「正直、意外でした」

「なにが?」

「私は人間なので、きらわれていると思っていました」


 一九の言葉に、雑鬼たちが彼の顔をのぞき込んだ。


「いっきゅーは、きらわれてないぞ?」

「みんなさいしょは、にんげんがきたことに、びっくりしただけだよ」

「いじわるしてくるにんげんはきらいだけど、いっきゅーのことは、きらいじゃないよ?」


 彼らの言うことに、一九は目を丸くした。


「そうなのですか? というか、意地悪してくる人間とは?」

「たまに陰陽師おんみょうじが、いや、一九にははらって言う方がわかりやすいかな? まぁそいつらがまぎむことがあるんだ。やつらは、妖怪は悪としか思ってなくてね。問答無用で攻撃をしてくるんだ。まぁその前に追い返すことがほとんどだけど」

「そうなんですね……。ですが私は、皆様が悪だとは思いません!」

「わかってるよ。だから、あえて里まで来させたんだよ。悪人だったら、里にれないよ」

「え? そうなんですか? てっきり私は道に迷ったすえ辿たどりついたとばかり」

「頭領が俺の報告を聞いて、面白そうだと言ったから、一九は里に来れたんだよ。感謝してよね」

「そうでしたか。それは、ありがとうございます。おかげで箱根の先に妖怪の里があったという瓦版かわらばんは、完売できたんです。なので、此度こたびはしっかりと、春の行事を書かせていただきますよ!」


 一九は拳を握りしめ、やる気を見せる。すると猿鬼が一九の顔を覗き込んだ。


「なぁなぁ、いっきゅー」

「ようかいが、だいざいのものに、ぼくたちはいる?」

「おれたちのすがた、かかれてる?」

「残念ながら、書かれてていませんね」

「「「えー」」」


 3匹は不満そうに、声を上げる。それに鎌鼬が肩をすくめた。


「むしろ、なんで書かれていると思った。お前らみたいな雑鬼が、書かれるわけないだろ。あったとしても、坂田金時さかたきんときとか渡辺綱わたなべのつなとかに、蹴散けちらされてるのがオチだろ」

「あ、はははは」


 あまりにも的を射た発言だったので、一九は笑った。


「ただいま」

「「「たっだいまー!!」」」

「ただいま戻りました」


 見越の家に戻ってきた一行は、それぞれ帰宅を知らせる声をかけながら、土間どまに入る。すると奥から、お六が首だけ伸ばして出迎えてくれた。


「おかえり、お前たち。ちょうど夕餉ゆうげができたところでありんすよ」

「おいら、おなかすいた!」

「ぼくも!」

「おれも!」


 今すぐ飛んで居間に行こうとする雑鬼たちを、鎌鼬がむんずと掴んだ。


「その前に手を洗う」

「「「は、はーい……」」」


 鎌鼬にしかられ、しょぼくれる3匹。お六は苦笑をこぼした。


「手を洗ったら、居間にきておくんなし。先に準備しておきんすから」

「はい」


 お六はしゅるしゅると首を縮めて、戻っていく。

 鎌鼬は土間の水瓶みずがめから柄杓ひしゃくを使って、雑鬼たちに手を洗わせている。


「ほら、一九も」

「あの、手を洗う時というのは、神社仏閣の時だけでは?」

「はぁ?」


 鎌鼬があからさまに眉間みけんしわを寄せて顔をひそめる。


「ご飯を食べる時に手を洗うのは当たり前でしょ? いいからこれを持って、手を出す!」


 鎌鼬から渡されたのは草だった。一九は用途ようとがわからず目を白黒させていると、鎌鼬が説明した。


「それは薬草で、汚れを落としてくれるの。柄杓から水を落とすから、それで手をこする!」

「は、はい」

 一九は鎌鼬に言われたように、草を両手の平でこすって洗い、汚れを落とす。その後、鎌鼬も手を洗い、一同は居間に向かった。


「待ちくたびれたぞ!」

「すみません。お待たせいたしました」


 居間では、すでに人数分の配膳はいぜんがされていた。体が小さい雑鬼たちには、一口大に料理が盛られた彼ら用の小さな膳もあった。

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