春ノ巻 穴見と花見 12

 鎌鼬は天井てんじょう、正確には空を指差した。


「たとえば太陽。俺たち妖怪は直射日光が苦手だから、この里は太陽の光が強く入らないように、妖術ようじゅつで調整しているんだ」

「そういえば、空は晴れているのに、日の光はそんなに感じませんね」


 鎌鼬はうなずく。


「それでも作物は育つし、草花も季節のものがちゃんと咲くんだよ」

「本当に、私の常識が通用しない、不思議な里ですね」


 一九はしみじみとした声で、感想をこぼした。


「とりあえず、鎌鼬。一九さんを連れて、挨拶あいさつ周りをしてきなんし」

「あぁそうだね。わかった」


 お六と鎌鼬の言葉に、見越が首を傾げる。


「む? 一九が最初に来たときに、ほとんどのモノが、顔を合わせておるぞ?」


 お六と鎌鼬だけでなく、雑鬼たちまで、あきれたように深くため息をついた。


「な、なんじゃ、みんなして」


 みんなの反応に、見越が戸惑いの表情を浮かべる。


「頭領。一九が来たのは、もう一ヵ月以上も前のことだよ?」

「だからな、とーりょー」

「いっきゅーがここにいること、みんなしらないよ?」

「おしえてあげなきゃ!」


 雑鬼たちが一九の周りで、ぴょんぴょんはねねながらうったえる。


「うーむ。言われてみれば、その通りじゃな」


 見越は皆から説明を受けて、ようやく納得したようにうなずいた。


「というわけで、俺は一九を連れて、里を回ってくるよ。ほら、行くぞ」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「「「おいらたちもいくー!!」」」

「勝手にしろ」


 雑鬼たちは「わーい!」と言いながら、またしても一九の体をよじ登る。


「ちょっと! なんでまた私に登るんですか! 自分たちの足で、歩きなさい!」

「いいからあるけー!」

「「あるけ、あるけー!」」


 自分勝手な雑鬼たちに、一九は「子どもだから」と言い聞かせ、もう好きにさせることにした。


「行くよ」


 鎌鼬が一九をうながす。そんな2人と3匹に、お六が声をかけた。


「鎌鼬。挨拶ついでに、里の案内をしておあげ。でも、暗くなる前に戻ってきなんし。それまでに夕飯の支度したくは、済ませておきんすからね」

「わかったよ、ねえさん」

「どれ、わしも」

「お前様は、あちきを手伝いな!」

「はい……」

「あははは。では、行って参ります」


 しょぼくれる見越に、一九は苦笑をこぼし、頭に乗る猿鬼が落ちないように気をつけながら、夫婦に軽く頭を下げて鎌鼬の後を追う。


 屋敷の外に出て、歩きながら鎌鼬は方々ほうぼうを指差して説明をする。


「あっちが大畑おおばたけ。里の食べ物はだいたいその畑でまかなってる。あっちは山道さんどう。なぜか狂暴きょうぼうな動物が多いから、一九は行かないほうがいいよ。それで向こうが——」

「ひ、広すぎて覚えられる気がしない……」


 妖怪の里は、一九が思っていた以上に広かった。とても1度だけの案内では、どこに何があるか覚えることができない。


「とりあえず山道に行かなきゃいいよ。それに、一九が里で行動するときは大抵、俺が一緒だろうし。俺がいなかったら、雑鬼たちが一緒だろうから安心しな」

「そうだぞ、いっきゅー」

「ぼくたちがいっしょにいてあげるから」

「あんしんしな!」

「わかりました。頼りにしています」


 鎌鼬に案内をしてもらいながら、里の妖怪たちにも挨拶をしていく。


「おお! あの時のか! 俺たちを怖がらない変な人間!」

「よく来たな! ゆっくりしていけよ。変な人間!」


 彼らは、一九が里にいることに驚いていたが、初めて一九が訪れたときに「妖怪を恐れない変人」という認識を持ったようで、気安く挨拶をしてくれた。だが、誰に会っても「変な人間」扱いされる一九はうれしい反面、複雑でもあった。


「皆様、なぜ私を変な人間扱いするんですか! 確かに妖怪の皆様を恐れないという変わった部分があるかもしれませんが、私には一九という名前があるんです!」


 一九がそう言うと、妖怪たちは軽く「すまんすまん」と笑う。

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