春ノ巻 穴見と花見 11

 やってきた三ツ目がらすは、主人である見越の肩に止まる。


「わしはおぬしに、ふみを持って帰るよう、たのまなかったかのぉ?」

「カア?」


 三ツ目鴉は、首をかしげた。


「それみなさい!」


 ばちんっと、見越の坊主頭ぼうずたたくお六。派手にひびいた音に驚いて、三ツ目鴉はどこかへ飛んで行ってしまった。


「痛いではないか!」

「お黙りなんし!」


 お六に叱られ、見越はさみしそうな顔をして、叩かれた頭をさする。

 夫婦のやりとりと見ていた一九は、思わず口から「あはは」と乾いた笑い声をもらした。


(見越殿は、頭領と言う妖怪の皆様を束ねるお立場でいらっしゃるのに、扱いが雑な気がしますね。でも夫婦仲が良いのは良い事です)


 一九がそんなことを思っていると、見越は一九の横にある風呂敷包ふろしきづつみに目を向けた。


「ところで一九、その風呂敷包みの中はいったい、何が入っておるのだ?」

「あぁ。これは」

「てみやげだって!」

「たけのこだって!」

「おっきいんだって!」


 一九が答える前に、雑鬼たち3匹が口々に言う。一九は苦笑してうなずいた。


「雑鬼たちに言われてしまいましたが、今回の手土産は、筍を持参いたしました」

「ほう! 筍か!」

「一九さん、それを見せておくんなし」


 お六に言われて、一九はお六の前で風呂敷を広げた。ごろごろと出てきた皮付きの筍を、お六は一つ一つ手にとって、吟味ぎんみする。


「うん。これはなかなか、いいものでありんすね」

「そうか。ならばお六!」

「あちきに任せておくんなし。とびっきりの料理をお作りんす」

「「「やったー!!」」」

「楽しみにしておるぞ!!」

「頭領も雑鬼たちもうるさい」


 飛び跳ねて喜ぶ雑鬼たちと、大声を出す見越に不機嫌ふきげんそうに言う鎌鼬だが、彼の尻尾しっぽうれしそうに揺れていた。


「そんなに喜んでもらえると、持ってきたかいがありました」


 見越たちの喜び様に、一九はホッと安心したように息をついた。


「一九よ!」


 見越はぐいっと、一九に向けて首をばす。


「里にいる間は、この家ですごせ! 鎌鼬、世話をしてやれい!」


 さけぶように言われ、一九は思わず上体じょうたいをそらす。鎌鼬も耳をふさいで「だからうるさいって」と、文句を言っている。


 一九にとって、宿代が浮くので、とてもありがたい話ではあったが、申し訳なさのほうまさり、眉尻まゆじりを下げた。


「泊めてくださるのは、とてもありがたいのですが、ご迷惑めいわくではありませんか? それに鎌鼬殿にも、なんだか申し訳ないですし……」

「別にいいよ。世話って言うほど、世話はいらないでしょ? 子どもじゃないんだし」

「それは勿論もちろん、そうですが」


 見越や鎌鼬の言葉に甘えていいのか悩んだ一九は、お六に視線を向けた。困り顔の一九に、お六はからからと笑う。


「あちきも、反対はしんせん。宿場の宿を利用していては宿代がかさむでありんしょう? それに宿場からここの里に通うのも大変でしょうから、うちの人の言葉に甘えてくださって、構いんせん」

「ありがとうございます。それでは、お世話になります」


 お六に説得され、一九は見越たちに深々と頭を下げた。


 一九は改めて、滞在たいざいすることになった屋敷やしきの部屋を見回す。

 見越とお六が住む屋敷は、屋根は所々に穴が開いており、床板の隙間すきまからは雑草が生えていたりする。とても生活するような家ではない。


「あの、大変失礼なのは承知しょうちの上なのですが、聞いても良いでしょうか?」

「なんだ? 言ってみろ」


 一九がおずおずと手を挙げると、見越が話すよう促した。


「なぜこのような、あちこち壊れた屋敷に住んでおられるのですか? その、人が住む家とはお世辞せじにも思えず……」


 一九は言葉をにごしつつ、疑問を口にする。すると、


「「あははははっ!!」」


 見越とお六が、腹を抱えて笑い出した。


 一九が「え? え?」と混乱する中、笑いすぎて出てきた涙をぬぐいながらお六が言った。


「あちきらは人間じゃのうて、妖怪でありんすよ?」

「わしらは人間が好むような、綺麗きれいな部屋は落ち着かんのだ」

「そういうものなのですか」


 一九が興味深そうに呟くと、鎌鼬が口を開いた。


「他にも、妖怪と人間で違いはあるよ」


 一九の視線が鎌鼬に向けられる。

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