春ノ巻 穴見と花見 10

 そこにあったのは、里の中でも一番大きな屋敷やしきだったが、一部は原型がとどめていないほど、ひどくこわれていた。


修繕しゅうぜんしている様子もみられませんし。これはあえてぼろぼろなのを放置している?)


 一九がそんなことを思っている中、鎌鼬は「頭領」と声をかけながら、家に上がる。


「頭領、一九が来たよ」

「なに!?」


 バキッ!


 鎌鼬の声に、見越入道は力一杯ちからいっぱいふすまを開けた。しかしそのせいで、元から壊れかけていた襖が大破たいはした。


「ちょいとお前様! 襖を壊すんじゃないと、何度言ったらわかるのでありんすか!?」 


 奥の方から、女性の首がびてきて、見越をしかる。


「す、すまん。お六」


 見越が長い首をぎゅっとちぢめて、女性に謝った。

 一九がぽかんと、二人のやりとりを見つめていると、首だけの女性妖怪の顔が、一九たちに向けられる。


「おや。鎌鼬に雑鬼たちじゃありんせんか。よう来んした。そこのお人は、見ない顔だねぇ……あんたは、人間かい?」

「お六、前に話しただろう? こやつが一九だ」


 見越に紹介しょうかいされた一九は、あわてて雑鬼たちを下ろして身なりを整え、お六と呼ばれた女性妖怪に頭を下げた。


「こちらから挨拶あいさつをせず、大変失礼いたしました。お初にお目にかかります。江戸で絵描えかきと文筆業ぶんぴつぎょう生業なりわいとしています、一九と申します」

「あぁ、主さんが。ちょいとお待ちになっておくんなし。今、体に戻りますので」


 そう言って、お六はしゅるしゅると音を立てて、首を引っ込めていく。

 少しして、青い生地きじに花を散りばめたがらの着物を、位の高い花魁おいらんのように上品に着崩きくずした体とともに、一九たちの所へ戻ってきた。


「お待たせいたしんした。あちきが見越入道の妻、お六いいます。ろくろ首のお六。どうぞよろしゅう」

「い、いえ! こちらこそ!」


 一九はぺこぺこと、何度も頭を下げなら、お六を見つめる。

 お六は首さえびなければ、人間と見分けがつかないような、美しい妖怪だった。


「さあ、中へお上がりなんし。玄関先げんかんさきでは、ゆっくりと話すこともできんせんからね」

「お邪魔じゃまします」


 お六にうながされ、一同は居間に移動する。


「すぐに、お茶を出ししなんす」

「俺も手伝うよ、ねえさん」


 そう言って、鎌鼬は風呂敷ふろしきを一九の横に置き、お六とくりやに向かった。

 部屋に残された見越と一九。部屋のすみでは雑鬼たちが、転がって遊んでいる。一九は見越と向き合い、頭を下げた。


「このたびは、里におまねきくださり、ありがとうございます。到着とうちゃくおくれてしまい、申し訳ありませんでした」

「気にするな。仕事があったのだろう? 一九こそ、遠路はるばるよく来た」


 見越は、「がははっ」と笑う。


「お待ちどうさまでござりんす」

「ありがとうございます。いただきます」


 一九は早速、お茶に口をつける。山道を登ってきた体に、お茶がわたる。

 一息ついたところで、お六が話を切り出した。


「あんさんは、あちきたちの、生活や行事なんかを書きたいのでありんしたね」

「はい。人間と妖怪の行事の違いなどを、書きたいと思っております」

「ふーん。そうでありんすか」


 お六は突然とつぜん、首をうにょんと伸ばすと、一九の体に巻き付いていく。

 ぎょっとして一九は、鎌鼬と見越に助けを求めるような顔を向けるが、二人そろってそっぽを向いていた。おこったお六に関わるのは嫌らしい。

 お六はぐっと顔を、一九に近づける。美人が怒ると、かなりの迫力はくりょくがある。一九は冷や汗を流し、お六は冷たい視線を一九に向けた。


「それにしては、うちの人が文を送ってから、来るのにずいぶんと時間がかかりましたなぁ。すぐに来なかった理由は仕事なのでありんしょうが、文を送り返す礼儀すら、今の人間は持ち合わせてすらございんせんの?」


 お六は目を細め、すごみを見せる。一九はしどろもどろになって、言葉が出てこない。


「あ、姐さん。一九が頭領からのふみ返事をしなかったことに関しては、頭領が悪いよ」

「どういうことでありんす?」


 鎌鼬の言葉に、お六はまゆひそめる。


「頭領、三ツ目がらすに文を持って帰ってくるように言わなかったんだ。内容も一言だし」


 鎌鼬が差し出した一九あての文を受け取ったお六は、顔をしかめた。


「なんでありんすか、この汚い字は。内容も全く伝わってきんせん」


 お六は首を戻すと、額に手を当てて、もう一度ため息をついた。


おどかして悪うござりんした。全部、うちの人が元凶でござりんす」

「んなっ!? なんでそうなるのだ!」


 見越が反論すると、お六がきっと見越をにらみつけた。


「こんな訳のわからない文を送って、挙げ句の果てに三ツ目鴉に、返事をもらってくるよう言伝ことづてをしないなんて。いつまでっても、文の返事が来るわけねえでありんしょう!」

「そ、そうであったか?」


 見越は指笛を吹いて、三ツ目鴉を呼んだ。

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