春ノ巻 穴見と花見 9

 一九は3匹を乗せたまま、鎌鼬の後に続いた。


 森を抜けて里へと入る。辺りにはまばらに家があり、田園風景でんえんふうけいが広がっていた。江戸のせわしない日常とはことなり、どこかほっと息がつける、そんなおだやかな光景だ。

 一九は立ち止まって、深く息を吸い込む。あたたかな新緑の香りが、一九を包み込んだ。


「一九、なにぼーっとしてんの。置いていくよ」

「あ、待ってください」


 いつの間にか鎌鼬と距離きょりが開いており、一九は雑鬼たちを落とさないように、止めていた足を動かした。


「こんな田舎風景、なにめずらしくないでしょ」

「いえ、私は都会育ちなので、こういった穏やかな光景をあまり見たことがなくて。それに前回来たときは、きりに包まれていて風景をみていませんでしたし」

「あぁ、そうだったね。あの時は妖術ようじゅつで霧を出してたんだった」

「妖怪って、なんでもできるんですね」


 一九が感心していると、向こうの方から女性の妖怪たちの集団がやってくるのが見えた。


「おや? 鎌鼬に雑鬼たちじゃないか」

「ちはっす」


 声をかけられ、鎌鼬が軽い挨拶あいさつを返す。女性妖怪らも挨拶を返した後、彼女らの視線が一九に向けられた。


「あんたは……もしかして、人間かい?」


 一九が口を開く前に、猿鬼が頭の上で飛び跳ねた。


「いっきゅーって、いうんだぞ!」

「ぼくたちがはじめに、であったんだよ」

「きょうはおれたちが、わざわざむかえにいってやったんだ」


 好き放題に言う雑鬼たち。正しいことを言っているのは、蛇鬼だけである。

 一九は咳払せきばらいをして、自己紹介じこしょうかいをした。


「一九と申します。本日は、見越殿に文をいただき、里にお邪魔じゃまさせていただきました」

「ふーん。あんたがおかしな人間ね」

「お、おかしな?」


 女性妖怪の言葉に、一九は困惑こんわくした。


「うちの人が言ってたんだよ。なんだったかねぇ……。まぁとにかく何か目的があって、里を出入りするんだろう?」

「はい。皆様の生活の様子や、行事について書いていければと思っています」


 一九の言葉に、女性妖怪たちは、くすくすと笑う。


「ほんと、変わった人間だねぇ。そんなことを書きたいだなんて。書いたところで人気なんて出ないだろうに。人間たちはあたしらが退治される話のほうが好きだと思うけどねぇ」

「いえ。そうでもありませんよ。確かに、妖怪退治の物語は多いですが、日々の生活を書かれた本はありませんから」


 一九が女性妖怪とそんな話をしている中、鎌鼬は女性妖怪らの足下で跳ねている、付喪神つくもがみたちを見つめた。逆さ筆は男雛おとこびな恰好かっこうをしており、女雛おんなびな文福茶釜ぶんぶくちゃがまだ。


「そういえば、そろそろ雛祭りっすね。その足下のが、新しい人形っすか?」

「あぁ。いいものが手に入ったよ」

「お子さんも喜ぶといいすっね」

「今からあたしらも反応が楽しみだよ。それじゃあね」


 女性妖怪たちと、手を振って別れる。

 彼女らが歩くと足下の人形たちは、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、ついていった。一九はその様子を、凝視ぎょうししている。


「一九、何をそんな見つめてるわけ?」

「あの、鎌鼬殿。あれはいったい……」

「ん? あぁ、雛祭りが近いんだよ。だからこの時期になると雛人形を新調するんだ」

「妖怪も雛祭りをするんですね。これは後で書いておかなければ。ってじゃなくて!」


 一九は動く人形を示す。


「私が聞きたいのは、なぜ人形が勝手に動いているのか、ということです!」

「あれは、つくもがみって、いうんだぞ」


 頭の上に乗っている猿鬼が、一九に教えた。


「付喪神? たしか、物を大事に長く使っていると、その物にたましいが宿り動き出す。という、妖怪の一種でしたよね?」

「そうだけど、ちょっとちがう」

「え?」


 蛇鬼の言葉に、一九は不思議そうな顔をする。すると今度は、球鬼が口を開いた。


「だいじにされなかったやつは、もちぬしに、ふくしゅうしにいくんだ」

「え!? こわっ!?」


 驚く一九に、鎌鼬は「当たり前だろ」と言う。


「動けるようになるのは百年ってからだけど、心はそれより前に宿る。持ち主のためにくしてきたのに、途中とちゅうないがしろにされたら、誰だって怒るに決まってるでしょ」

「そう言われると、たしかに」

「安心しなよ。この里の付喪神たちは、襲いかかってくることはないから。ほら行くよ」


 そう言って再び歩き出した鎌鼬に連れられてやってきたのは、里の最奥だった。

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