春ノ巻 穴見と花見 7

 一九はあわてて、置いて行かれないように後に続く。


「それにしても、からすに文を持たせるとは聞いていましたが、まさか三ツ目の鴉が持ってくるなんて思いませんでしたよ。私のやとぬしが悲鳴をあげましたよ」

普通ふつうはそうでしょう。感動するのは、あんたみたいな変人くらいだよ」


 一九のうれしそうな声色こわいろに、鎌鼬はあきれた視線を向ける。そしてその視線は、そのまま一九の手荷物に下げられた。


「一九の持ってるそれってなに? また手土産てみやげの酒?」

「いえ、今回はお酒ではなく、宿場町で手に入れたたけのこです」

「筍! いいね。しゅんの食べ物だ」

「喜んでもらえますかね?」


 一九は風呂敷ふろしきを抱えて、心配そうな顔をするが、鎌鼬は「問題ないよ」と言った。


「頭領は何でも喜ぶよ。俺も筍は好きだし。それに食べ物なら、お六姐ろくねえさんに任せるのがいい。姐さんの料理の腕は、この里一番だからね」

「お六姐さん? 女性妖怪がおられるのですか?」


 一九の疑問に、鎌鼬はまたしても呆れた視線を送る。


「なに言ってんの? いるに決まってるでしょ。じゃなきゃ、どうやって子孫を残すのさ。概念的がいねんてきに生まれるやつもいるけど、基本的に人間と変わらないから」

「あ、そうなんですね。失礼いたしました」


 一九が頭を下げて謝罪をすると、鎌鼬は居心地悪いごこちそうに、視線を彷徨さまよわせた。


「謝られるほどのことじゃないよ。一九は妖怪について、よく知らないだけでしょ」

「えぇ。なので、交流していく内に、皆様みなさまのことをよく知ることができればと思います」

「一九が初めて来たあの時は、一九が危険人物の可能性もあったから、女性と子どもたちはかくれさせていたんだ。でも今は、一九は変人ってあつかいだから、里ではみんな日常生活を送ってるよ」

「さっきもですが、変人扱いなのはひどくないですか!?」

「だって、本当のことじゃん。それからお六姐さんは、頭領の奥方だから」

「ええ!?」

 一九は見越に妻がいるとは想像もしていなかったので、驚きの声をあげた。鎌鼬は肩をすくめる。

「びっくりでしょ。あんな抜けてるのに、俺たち妖怪の頭領になれて、しかもすごく美人な奥さんまでいるんだ。世の中、不思議だよね」


 一九は鎌鼬の頭領であるはずの見越の扱いが雑なことに、苦笑をこぼす。


「あー!」


 突然上がった甲高かんだかい声に、一九は驚いて目を丸くする。視線の先には小猿こざるで額に3本角が生えた妖怪と、幼子が持つへび玩具おもちゃのような大きさで四ツ目の同じく角が1本ある妖怪に、橙色だいだいいろの球体で小さな手足と目と口があり、他2匹と同じように頭頂部に2本の角を生やした妖怪が、一九と鎌鼬に走り寄ってきた。


「おや、きみたちは」


 小さな彼らは、一九が最初に見つけて追いかけた妖怪たちだ。一九は3匹に、目線をあわせるようにしゃがむ。


「あのときは、急に追いかけて、すみませんでした」

「ほんとだよ!」

「いきなりでぼくたち」

「すげぇこわかったんだからな!」


 3匹に怒られ、一九はもう一度、「すみません」と謝る。しかし鎌鼬は冷めた目で、3匹を見下ろす。

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