春ノ巻 穴見と花見 4
一九は
「重三郎さんは、信じてくれないんですか?」
「だってねぇ。妖怪なんて、創作上のものでしょう? あたしはどうしても……」
蔦屋は
「カア! カアカア!」
と、
「ちょ、ちょっと! なんなのよ!?」
「なぜ鴉が? ……あっ、そういえば」
一九は
「重三郎さん、見てください! この鴉、目が三つもありますよ!」
「ひええぇぇ!!」
蔦屋は悲鳴を上げて、奥の部屋へと逃げてしまった。一九はぽかんと口を開ける。
「別に逃げなくても……。ねぇ?」
「カア」
一九の声に応えるように、三ツ目鴉は鳴いた。
「ところで、きみは目が三つもありますから、妖怪ですよね? もしかして、見越入道
「カア!」
三ツ目鴉は、羽を大きく広げて返事をする。そして、胸元の
「これですか?」
一九が結び目を
三ツ目鴉は風呂敷が解けたことで、体が自由になったとばかり
「カア!」
三ツ目鴉は一声鳴くと、あっという間に店から飛び去って行ってしまった。
「え!? ちょ、待って! 返事は持って帰ってくれないんですか!?」
一九が
「い、い、一九! か、鴉は!? あの妖怪鴉はもう行った!?」
「行ってしまいましたよ。あぁ、返事はどうすればいいんでしょう。困りました……」
蔦屋は自分の巨体をできるだけ小さく縮めて、
「いったい、何だったんだい。あれは現実の生き物なの?」
「現実ですよ。あの子は、初めて里にお邪魔した時には見ませんでしたが、妖怪で間違いないでしょう。普通の鴉に、目は三つもありませんからね」
「あ、あんな不気味なのが、うじゃうじゃいるのかい……」
蔦屋はげっそりとした顔をするが、一九は不思議そうに首を
「妖怪の頭領である見越入道殿は人型ですし、二本足で歩く動物型の方や、子どもの
「あたしは種類を、聞いてるんじゃないわよ!」
一九の言葉に、蔦屋ががなる。
「で? 中身はなんだったの?」
「文でしたよ」
一九は豪快すぎる字で「一九」と書かれた文を見せた。豪快な字の
「なんと言いますか……」
「豪快を通り越して、ただの
一九の後ろから
「さっきの鴉が妖怪だったわけだから、この文の主も妖怪ってこと?」
「はい。字は性格を表すとも言いますし、この豪快な字は、妖怪たちの頭領である見越入道殿だと思います。横の繊細な字は、
一九は文を広げた。すると宛名と同じように、中の字も汚くとも言える字で、しかもあちこちに
『春だぞ! 来い!』
「よ、要点というか一言……。いえ、何を言いたいか、
「まるで果たし状ね。一九、本当に大丈夫なのかい? いざ行ったら、食べられたりするんじゃないだろうね!?」
蔦屋は顔を真っ青にして、一九を強く
「さ、さすがに、それは、ないと、おもい、ます。ちょ、と、と、とめてっ」
「あら、ごめんなさい」
蔦屋の激しい揺さぶりから解放された一九は、深く息を吐き出した。
「私を食べるつもりなら、最初に行った時に
「言われてみればそうね。でも、本当に妖怪っているのね……」
未だに三ツ目鴉を見たことへの
「とりあえず、
「わかったわ。でも、
「なにがです?」
一九は蔦屋の言いたいことがわからず、首を
「
「あぁ。それなら、大丈夫だと思いますよ。なんでも、霊力のある人間にしか、行くことができないらしいんです」
「霊力? なんか、何でもありって感じなのね」
蔦屋の感想に、一九は笑った。
「そうですね。まぁ私がいくら真実を書いても、妖怪が実在するとは、誰も思いませんよ。読む人は創作だと思うでしょう」
「それもそうね」
一九は立ち上がった。
「それでは、私は荷造りの
「わかったわ。そのあとは、花見でもしてきたらどう? 江戸に戻ってからゆっくりしてなかったんだし」
「そうですね。そうさせていただきます」
旅の荷造りを終えた一九は、蔦屋の好意に甘えて、ふらふらと町を歩いていた。
「花見といえば、場所は上野か、浅草か。それとも隅田か……」
一九が目的地を考えあぐねていると、お腹がぐぅっと音をたてた。
「まずは、腹ごしらえが先ですね」
鳴りやまぬ腹の音に、一九はお腹をさすりながら、行き先を決めた。
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