旅ノ巻 箱根の先へ 15

 一九は小さく咳払せきばらいをして、見越に理由を説明する。


「はい。このような小さな酒で申し訳ないのですが、江戸で一番の酒屋の酒でございます。それに、妖怪の里が実在するか不明でしたので、これしか持参できなかったのです」

「そうか。おい、寄越よこせ」

「あ、ちょっと!」


 見越は鎌鼬から酒壺をぶん取り、直接口をつけてゴクゴクとしてしまう。


「どうですか? お口に合いましたか?」

「……うまい! こんなうまい酒は、久しぶりに飲んだぞ!」


 見越は「わははははっ!」と笑うが、仲間たちはしらけていた。


「どうしたんだ? お前たち」

「頭領、どんな酒を飲んでも、同じことしか言わないじゃん」

「そうですぜ」

「ほとんど水の酒でも、そう言うもんな」


 鎌鼬だけじゃなく、今までなぐさめてくれていたモノたちにも言われ、見越はどよーんとしずみ込む。


「えっと。飲み干されたのですから、この妖怪の里に来ることを許可されたと、思ってよいでしょうか?」

「……しまったー!」

「やっぱりあんた、引っ込んでろよ!」


 目をひんいて頭を抱える見越を、鎌鼬は容赦ようしゃなくぱたいた。

 一九は笑って、二人の様子をながめる。鎌鼬は無意識の内にこしの鎌に手をばした。


「私をりますか?」


 一九の静かな問いかけに、鎌鼬の手がぴくりと反応する。しばらく見つめ合っていた二人だが、鎌鼬は息を吐き出して、鎌から手をはなした。


「……斬らないよ。頭領が酒を飲み干した以上、許可を出したも同然だし」

「す、すまんな、鎌鼬。だがわしは、こやつは悪い奴じゃないと、思っておる」

「それは俺も同感。というか、性根が本当にくさってるやつは、ここには来れないし。こいつはどちらかというと、ずるがしこい」

「そんなこと、初めて言われました」


 見越は曲げていた背中を起こし、首をぐっと伸ばして一九を見下ろす。


「おい、お前。名はなんと言う?」

「一九と申します」

「うむ。では一九よ。お前がこの里に出入りすること、妖怪の頭領であるこの、見越入道が許そう!

 見越入道は声高らかに、そう宣言した。


「ありがとうございます!」


 こうして、一九は箱根の先にある「妖怪の里」への出入りを、許されたのであった。

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