旅ノ巻 箱根の先へ 14

 鎌鼬は大きく息をついた。


「もう俺がこいつと話すから、頭領はだまって奥へ行ってて」

「す、すまん」


 見越はしょぼんとした様子で、妖怪たちの輪に戻っていく。落ち込んだ彼を、仲間たちが肩を叩いたりして、必死になぐさめているのが、鎌鼬の体越からだごしに見えた。


「あーもう。あんなんだから、人間からおそれられなくなるんだよ」

「ずいぶんと苦労をしているようで」

「まったくだよ」


 そう言って、鎌鼬が一九を見た時、金色の瞳が輝きを放ち、瞳孔どうこうがきゅっと細くなっていた。


「ここに居着かないにしろ、里に出入りをするなら、礼儀れいぎとしてそれなりの物を、差し出すべきなんじゃない? 人間さん」


 鎌鼬がにぃっと笑うと、一度みつかれたら肉まで千切られそうな、するどきばが見えた。


勿論もちろん、手ぶらなど失礼なことはいたしません。実は江戸一番の酒屋の酒を持参じさんしました。あっ! 無い!」


 一九は己の腰に下げていた酒壺さかつぼが、無くなっていたことに、ようやく気がついた。


「それってこれのこと?」


 鎌鼬がぷらんと、一九の前に酒壺を垂らす。酒口についているひもは、不自然な切れ方をしていた。


「ああそれです! 拾ってくださったのですね」

「……はあ」


 一九の反応に、鎌鼬は深く、それはもう深くため息をついて、しまいにはしゃがみこんでしまった。対して一九は訳がわからず、きょとんとした顔を見せる。


「あのね、いくら下が土で草があるといっても、これ陶器とうきだよ? 人間の腰の高さから落ちたら、割れるに決まってるでしょ」

「はあ。言われればそうですね」

「それにほら! この紐の切れ方、おかしいと思わないの!?」


 一九は鎌鼬が示す紐の切れ目をじいっと、見つめる。


「何かに、切られてますね。木の枝にでも引っかけたのでしょうか?」

「俺が切ったんだよ」

「へ?」


 鎌鼬は自分のしたことを告白しながら、鎌のでる。


「あんたが雑鬼ざっきたち、小さな悪ガキ共を追いかけてる時に、不自然な風が吹いたでしょ? あれは俺が通った後。あんたの横を通り抜けるときに、これをもらったの」

「そうでしたっけ?」


 がくっと鎌鼬は、力が抜けた。


「お前、お気楽すぎない? そんなんだから、こき使われるんだよ」

「いやはや。耳が痛いですなー」


 頭に手を当てて笑う一九。そんな彼に鎌鼬は苛立いらだったように口元を引きつらせる。


「おい絵描きの。お前はこのちっぽけな酒を、手土産と言いたいのか?」


 仲間たちに元気づけられた見越が、足音荒く鎌鼬の横に並ぶ。

 見えないのをいいことに、鎌鼬はあからさまに、「引っ込んでろよ」という視線を、見越に向けていた。

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