旅ノ巻 箱根の先へ 13

 彼らの話を、目をつぶって聞いていた見越が、くわっと目を見開いた。


「静まれい!!」


 彼の目の前に座っていた一九は、風圧で後ろにたおれかけ、あわてて腕で支えた。


頼光よりみつも、頼光四天王らいこうしてんのうも、とうの昔に死んでいる! なにより人間どもが、妖怪が実在しているなど、思うはずがなかろう!!」

「頭領。石燕せきえんもそうだけど、今現在、妖怪はいると信じて、江戸からここまで来た人間が、目の前にいるけど?」


 鎌鼬は一九を指さす。見越は一九を見下ろしてうなずいた。


「……うむ。たしかに。人間は妖怪が存在していると思っているのか?」

「いえ。妖怪は空想上のモノであると思っています」

「それに頭領。こいつがここに来れたのは、強い霊力を持っているからだよ。今時、そんな奴は珍しいよ」

「へ? 霊力?」


 一九は鎌鼬の言葉に、目をまたたかせた。


「何? もしかして気づいてなかったの?」

「霊力のある者でなければ、あの一ツ目地蔵には気づかん。あれはこの妖怪の里と、人間界の境界線なのだ」

「な、なるほど。あれにはそのような役割があったのですね」


 まさか自分に霊力があるとは、まったく思っていなかった一九は、不思議そうな顔をしながらうなずいた。


「それで、なんだっけ? お前の用事」

「あ。取材です。皆様方、妖怪の」

「取材って言っても、具体的に何を見たいわけ?」


 鎌鼬のもっともな質問に、一九はあごに手をえて、指先で叩きながら思考を巡らせる。


(江戸にある多くの妖怪の本は、彼らが討伐とうばつされるもの。そんな物を書けば、確実に重三郎さんにめられますね)


 一九は改めて妖怪たちを見回す。 


(里が実在したのですから、彼らにも生活がある。それを書くのもいいかもしれません)

「お主、なにを書くか、決まっておらんのか?」

「正直言うと、はい。……あの、一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「言ってみろ」


 質問を質問で返した一九を、不快に思うことなく見越は話すよう促した。


「人間は季節事に行事を行いますが、それは皆様方、妖怪も同じように季節事の行事をおこなっていたりしますか?」

「無論だ。行事は大事だからな」


 一九は自分の推測が当たったことに、ほっと息をついた。


「ではその行事の様子を、私に書かせていただけないでしょうか?」

「……そんなもので、良いのか?」


 見越は不思議そうに、首をかしげる。


「人間は、我らを討伐する話が好きなのだろう? 石燕がそう言っていた」

「わざわざ妖怪の里に、坂田金時さかたきんときが乗り込んできて、俺たちを討伐する話もあったよね」

「だからこそです!」


 一九は説得するように、言葉を重ねる。


「お二方の言うように、妖怪は悪であり、勧善懲悪かんぜんちょうあくであるべき! といった、似たような物語が多い。ですので、それらの話にきている人たちもいるんです」

「あー、それわかるかも。どれを見ても同じ展開って、面白味ないもんね」


 意外と読書家なのか、周りの妖怪たちもその通りだと、しきりにうなずく。

 見越は腕を組んで、一九を見下ろす。


「目的はわかった。だが、よもや手ぶらでこの妖怪の里に、居着くわけではあるまいな!?」

「いえ。季節の行事ごとに来させていただきます。決して居着くつもりはありません」

「む? それは大変ではないか? お主は江戸に住んでいるのであろう? 江戸からここまで往復で十日近くかかる。それに路銀も馬鹿にならんだろう。里にいてもよいのだぞ?」


 まゆを下げて、右往左往うおうさおうと手を動かす見越に、一九は思わず苦笑をこぼした。


「お気持ちはうれしいですが、執筆をせねばなりませんので」

「しかしだなぁ」

「ちょっと頭領! あんたはなんで、そんなすぐに意見を変えるわけ!?」

「うっ」


 鎌鼬にしかられ、見越は長い首をちぢめる。


「そ、そんなこと言われても……。ただ、大変だろうなって……」


 指をこすり合わせて、ちらちらと鎌鼬の機嫌きげんうかがう見越。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る