旅ノ巻 箱根の先へ 12

 見越入道みこしにゅうどうと呼ばれた妖怪は、顎鬚あごひげでる。


「ほう。わしを知っているのか。いかにも。わしが見越入道だ」

石燕殿せきえんどのえがいた妖怪画の本に、あなた様の姿絵がありまして。お会いできて光栄です!」

「わしの姿絵があるのか!? 石燕のやつ、よく残してくれたものだ」


 見越は嬉しいのか、照れた様子で今度は自分の頭をぺたぺたと、触っている。


「頭領。なに喜んでんのさ」


 遠巻きに一九と見越入道の様子を見ていた妖怪たちの中から、額に唐草からくさの鉢巻きを巻いた、鋭くつり上がった瞳の青年が進み出た。腰蓑こしみのには、二本の鎌が下がっている。そして足は、五本指の獣足だった。


(こんな青年姿の妖怪は、あの中にいませんでしたね。変化が得意な化け狸? いやでも、牙も鋭くて鎌を持っていますから、もしかしたら鎌鼬かまいたち?)

「ねえ、俺のこと、何の妖怪かわかる?」

「え? えーっと、鎌鼬殿、ですかね?」


 一九は自信なさそうに答えると、青年は目を細めにぃっと笑った。


「すごいね。よくわかったじゃん。石燕はこの姿の俺を、描いていたりするの?」

「いえ。鎌鼬は手が鎌になった鼬姿いたちすがたで描かれています。ですが腰に二本の鎌をお持ちなのと、足が鼬と一緒だったので、それで推測したにすぎません」

「ありゃ。うっかりしてた」


 鎌鼬は自分の腰の鎌を見て、頭をいた。


「まあ俺のことはいいや。で、結局お前は、何をしにここに来たわけ?」

「あ、はい。私がここに来た目的は、皆様方、妖怪を題材にした物語を書くためです」

「物語だぁ?」


 一九の言葉に今まで、でれでれと照れていた見越がいぶかしむように、片眉かたまゆを上げた。


「実は私が世話になっている人間は、版元を営んでおりまして。その方のもとに居候いそうろうをさせていただいているのですが、突然、奇抜な作品を書け。取材の旅に行けと、半ば追い出されまして」

「何その人間。お前、よくそんな人間の所にいられるね」


 鎌鼬はどこか哀れむように、一九を見た。


「いろいろと、あるんです。そう、いろいろと……」

「……なんか、ごめんね」


 突然、一九の目が遠くを見始めたので、鎌鼬は思わず謝った。一九は首を振ると気持ちを切り替えて、鎌鼬を見つめる。


「それで箱根まで足を運んだのは、江戸のことわざの中に『箱根よりこっちに野暮と化物はいない』というものがありまして。妖怪は箱根にいるのではと思いついたのです」

「いる確証もないのに、そんな諺を信じでここまで来たわけ? え? 馬鹿なの?」


 鎌鼬の正直な言葉に、一九本人は怒るどころか、「いやぁあはは」と笑った。


「自分でも少し無謀むぼうだと思いましたよ。しかし追い出された以上、成果を持って帰らなければ、私は死ぬよりも恐ろしい目にうでしょう」

「あんた、随分ずいぶんと人使いがあらやつのところにいるね。大丈夫なわけ?」

 鎌鼬は一九に同情の視線を向ける。元々、彼は根が優しいのだろう。一九は鎌鼬の優しさに微笑みを浮かべた。


「……お前はわしらが恐ろしくないのか?」


 見越の言葉に、一九は改めて見越を上から下までながめ、周囲の妖怪たちにも目を向ける。だが、恐怖という感情はいてこなかった。


皆様方みなさまがたよりも、妖怪じみた方を知っているので、怖いとは思いませんね」

「わしらより妖怪じみた? そんな人間がいるわけがなかろう」

 見越の目は、「そんなわかりやすいうそを付くな」と物語っている。だが一九はぶんぶんと、首を横に激しく振った。


「いえいえ。これが実在するのです。ご自分の目で確かめていただきたいくらいです」

「そ、そんなにか?」


 妖怪たちはざわざわと、さわす。


「我たちより恐ろしいとは、どんなやつだ? よもや源頼光みなもとのらいこうとその配下の奴らか!?」

「あ、あのような奴らが、ごろごろ居ては、たまったものではないぞ!」


 おびえを見せる妖怪たちの会話。

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