旅ノ巻 箱根の先へ 10

 一九は関所で手形を見せ、問題なく通り抜ける。


 他の旅人たちが東海道を行く中、一九はわざと道を逸れ、山の中に入って行く。その際、道がわからなくならないように、木に印をつけていった。


(さすがに、歩きにくいですね)


 当然ながら整備されていない道は、草木が生い茂り、歩くのも困難であった。

 なんとか草木をかき分けながら歩いていた一九は、足を止めて辺りを見回す。


(先程まで、鳥の鳴き声が聞こえていたはずですが……)


 ザアァァァァ


 風が草木を揺らす。しかし、動物どころか鳥一匹、姿が見えないし、声も聞こえない。


(これは、何かありそうです)


 一九が注意深く進んでいると、道のわきに、草にもれるようにして、小さな石のかたまりがあることに気がついた。


(これは何でしょうか?)


 草をかき分けると、地蔵の顔が出てきた。


「ヒエッ!」


 しかし一九は、悲鳴を上げて、尻餅しりもちをついた。

 草木の隙間から現れた地蔵の顔は、口元は優しい笑みを浮かべているが、閉じられていることが多い目は、大きく開かれていた。しかも、一つ目である。


「こ、この辺りでは、一ツ目の地蔵が、一般的なのでしょうか……?」


「くすくすくす」


 小さな笑い声が聞こえて来て、一九は立ち上がった。


「あのにんげん、すごくおどろいてる」

「もし、ぼくらがとびだしたら、どうなるかな?」

「きっと、きをうしなっちまうぜ」


 一九は恐る恐ると草の隙間すきまから、声の発生源をのぞむ。


「っ!?」


 だが一九はすぐに、話していたモノたちにばれないように、その場で丸くなった。


(い、今のはなんです!? 猿だけど頭に三本の角があって、へびだけど四つ目で額に一本の角があって、丸い球体の生き物には、小さな手足と二つの目と二本の角がありました!!)


 一九は息を殺して、再び草むらを覗く。そこには小さな人ならざるモノたちが、どうやって一九をおどかそうと、話し合っていた。


「どうやって、びっくりさせる?」

「ここはやっぱり、いきおいよくとびだして」

「でも、いつもそれじゃあ、つまんないよ」

「「「うーん」」」


 一九は音を立てないように、元の体勢に戻る。


(もしや、これが妖怪? ああ! やはり妖怪はいたのですね! 箱根の先に! ならば、この機会をのがすわけには参りません!)


 一九は勢いよく、立ち上がった。


「あなた方! もし妖怪ならば、他のお仲間の所にぜひとも、案内をしてください!」

「「「へ?」」」


 一九は満面の笑みで両手を広げて、瞳をきらきらと輝かせながら、小さな三匹の妖怪、雑鬼ざっきと呼ばれる彼らに声をかけた。

 雑鬼たちはゆっくりと、お互いの顔を見合わせる。


「「「……ひぎゃあああ!!」」」


 そして悲鳴を上げて、雑鬼たちは脱兎だっとのごとく走り出した。

「ま、待ってください! 私は妖怪を題材にした本を書かねばならないのです! お願いです! 私をあなた方のお仲間のもとへ!」


 一九の懇願こんがんも、必死に逃げる雑鬼たちには聞こえない。


「な、なんなんだ! あのにんげん!!」

「ぼくたちをみても、おどろくどころか」

「えがおでせまってきたよー! こわいよー!」

「「「とーりょー!!」」」


 声が尾を引いて、一九まで届く。


「ま、まさかこんなにも驚かれるとは……。しかし、私とてようやくた手がかりを、みすみす逃すつもりはありませんよ!」


 一九はがさがさと草をかき分け、雑鬼たちの後を追った。その時、不自然な風が一九の横をすり抜け、腰に下げていた酒壺さかつぼさらっていったのだが、彼は気が付かなかった。


「……頭領に報告しないとな。人間が来たって」


 走って行く一九を見て、酒壺を持った謎の影は、風とともに姿を消した。

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