旅ノ巻 箱根の先へ 3
「小説、ですか?」
「えぇ」
ある朝、蔦屋から持ちかけられた話に、一九は目を
「そろそろ、
「えぇ。浄瑠璃はもう正直言って、
「一九が小説を書いてくれたほうが、あたしとしても楽なのよ。あんた、絵も描けるし」
一九は
「私に、書けるでしょうか?」
「まだやってもいないのに、弱気になるんじゃないよ」
蔦屋の言葉に、一九は「でも……」と言って、口を閉じる。自信がない一九に、蔦屋はぽんっと手を打った。
「なら最初は、
「瓦版で?」
蔦屋の提案に、一九は首を傾げた。
「本来、瓦版は何か大きな事件の詳細や、火事の速報とかを書くものだけど、物語を売っちゃいけない決まりはないわ。とりあえず瓦版でやってみて、人気次第で
一九は「なるほど」と納得したように、うなずく。
「重三郎さんのやりたいことはよくわかりました。ではどんな話を、書けばいいんですか?」
「それは、自分で考えなさい。仮にも執筆経験はあるんだから」
「えぇ!? わ、わかりました。とりあえず、考えてみます」
一九は困惑を
部屋に戻った一九は、机に手帳を広げて唸る。
「奇抜な作品、奇抜な作品……。んー、いきなり言われても、思いつきませんねぇ」
じーっと紙を睨んでも、案は浮かんでこない。一九はついっと目を滑らせる。目線の先には、風呂道具があった。
「まずは、気分転換に、湯屋にでも行きますか」
一九は支度を整え、
この頃の江戸は、内風呂が禁止されており、
「らっしゃい」
「これでよろしくお願いします」
一九は番頭に、
「なんだか、浮かない顔をしているねえ。一九さん」
羽書を返しながら、番頭が一九に話しかけてきた。
「実は重三郎さんから、新しい仕事をもらったんですが、これがまた難しくて」
はぁーっと、深くため息をつく一九に、番頭は苦笑した。
「ま、悩んでいるときは、ゆっくり湯に浸かって、気分転換してってください」
「そうさせてもらいます」
一九は番頭に軽く頭を下げ、脱衣所へと進む。
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