最初の呪縛ー6

 私は、子供の頃ピアノを5年位習っていた。

最初は嫌々通っていたような気がする。

ソルフェージュは嫌いだったが、知っている曲が弾けるようになると楽しかった。

あわよくばピアニストなんてとか、子供の頃は思っていた。


しかし、6年生の終わり頃、中学に入ったらお勉強が大変になるからと、母からピアノは辞めるように言われた。

ピアノも売り払われてしまった。

その頃すでに、私は母には逆らえない状況だった為、泣く泣く諦めた。


どんなに蓋をしても、あの背中の痛みが蘇ってきていた。



 森に行くことも禁じられ、ピアノも辞めさせられ、生きる気力も無くなった私に、学級委員長の杉崎くんのバンドの話は、遠い夢物語だった。


中1の頃、殻に閉じ籠もって、誰とも話さず、いつも本を読んでいた私を、その頃はまだ杉崎くんは気にしてくれていた。


私が嫌がらせを受ければ、「やめろよ!」とか言ってくれていた。

なのに、そんな杉崎くんにお礼も言ったこともなく、それどころか無視すらしていた。

そのうち、私には全く関わらなくなってしまった。

悪いのは、私だ。


 中2になって、アメリカから転校生が来た。

川瀬 翔くんだ。

誰とでも気さくに話し、物怖じもせず、チャラくさえあった。

いつも下を向いていた私は顔を見たこともなかったが、クラスの女の子たちはイケメンだと騒いでいた。


 そんな川瀬くんは、私にすら気さくに声をかけてくる。

最初はウザいと思っていた。

音楽の授業で無理矢理ピアノを弾かされてからというもの、音楽の話を振ってくるようになった。

ついつい答えてしまう私。


音楽に飢えていたからだ。



 そんな頃、川瀬くんも杉崎くんとバンドを始めたようだ。

ある日、私は、


「音楽好きでしょう?

キーボード演らない?」


突然言われた。


飢えた私は、咄嗟に「やりたい」と答えてしまった。

杉崎くんと数人の男の子が、幽霊でも見たかのような顔をして、私を見ていた。


あれよあれよという間に、杉崎くんの家に連れて行かれた。

練習場と呼ばれていたその場所には、アップライトピアノがあった。



 キーボードを演ることになったその曲を、私は知っていた。

結構な古い洋楽のロックのナンバーで、キーボードのパートはそれ程難しい物ではなかった。

久しぶりの鍵盤で指が転がってしまったが、すぐ弾けるようになった。

操作の仕方を教えてもらい、音色も少し直してやった。


久しぶりの音楽に、正直涙が出そうだった。

普段押し殺していた感情が溢れ出てくる。

コイツ等の前で泣いてはいけないと我慢し、冷静を装った。


すぐにお役御免になったが、私はそこに留まった。

溢れる音に包まれていたかったからだ。


でも、門限がある。

後ろ髪を引かれる思いで帰る準備をしていたら、練習場でずっと杉崎くんのバンドの演奏を見ていたおじさんが、私に声を掛けてきた。


「音楽やりたいなら、またおいで!」



レイちゃんのパパだ。


この日、

ショウくんがキーボードをやらないかと誘ってくれなければ、

私が思わず「やりたい」と言ってしまわなければ、

そして、

そこにレイちゃんのパパがいなければ、


今の私はいなかっただろう。

生きていたかさえわからない。



ーKerlyー



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