最初の呪縛ー4

 杉崎くん以外のメンバーはほぼ初心者だったが、簡単な曲を何度か練習すれば、それなりに物にはなった。


でも、俺と杉崎くんは物足りない。

どんどんレベルを上げていく度に、練習に来るメンバーは減っていった。



 そんななか、音楽の授業である事があった。

音楽の先生が、急に、


「ピアノ弾きたい人?」


と言った。

その時、誰かが言った。


「苅原が弾きたいって言ってまーす」


数人から笑いが起こった。

嫌がらせだ。



 苅原さんは、とても細く背が高い大人しい女の子だった。

長い前髪が、目を隠している。

誰とも話そうとはせず、休み時間も、いつも本を読んでいるか勉強をしていた。


でも、成績はクラスでトップ、体育祭の時にはバスケットボールで、終了間近に逆転スリーポイントシュートを見事に決めたりする奴でもあった。


でも、誰とも話さない。

そんな異質な存在の苅原さんに、嫌がらせをする奴等も少なくなかった。

クラスのリーダー的存在の杉崎くんでさえ、関わりたくない様子だった。



「苅原さん、弾いてみて」


音楽の先生に促され、モジモジしながらもピアノの前に座った。

そして、小さな音でゆっくりと弾き出したその音色に、クラス中が引く程だった。


ショパンの『別れの曲』だ。


切なく美しい旋律が素晴らしかった。

苅原さんの心の中を見た気がした。

いつも下を向いている印象の苅原さんが、ピアノを弾いている時は顔をあげていた。



その日から、俺は苅原さんに話しかけるようになった。


「ピアノ上手いね」


「音楽好き?」


そう訪ねた時、一瞬目が合った。

大きな意外と鋭い目だったことに、少し驚いた。


「俺、最近杉崎くん達とバンド始めたんだ。

こんな曲とか演ってるんだけど、こういうの興味ある?」


かなり昔のグランジ系の曲だ。

杉崎くんはお父さんの影響、俺なんかはおじいちゃんの影響を受けている。

同年代の子達から見たら、今時ではない古い曲が多かった。

でも、名曲揃いだった。


「その曲、知ってます」


返答があった事にも、この曲を知っている事にも驚いた。

この頃から、苅原さんは、俺が話しかけると手短ではあるが答えてくれるようになった。



 そんなある時、杉崎くんが、


「この曲のキーボード誰かやらないか?」


でも、誰も演りたがらない。

キーボードは、杉崎くん以外はできない。


「苅原さん、ピアノ上手いじゃん!

演ってみない?」


例の大きな鋭い目で上を見上げた。

杉崎くん初めバンド仲間達も、鋭い目で俺を見ている。


「やりたい!私でよければ」



この時、俺達の席順は、レイちゃん・俺・カーリーの縦並びだった。

ある意味、奇跡の席順だった。

後ろの席にカーリーがいなかったら、俺は声をかけることはなかっただろう。


こうして、俺達は、音楽にどっぷり浸かりだした。



ーShowー



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る