最初の呪縛ー3

 俺がアメリカに引っ越したのは、小2の時だった。


父の仕事の都合だ。

母がサンフランシスコ出身だということもあって、サンフランシスコの支店を任されることとなったのだ。


俺はその時、ほぼ日本語しかできなかったが、地元の小学校に通い、馴染むのにそんなに時間はかからなかった。

まだ、小学生だったからだ。



 祖父母は、同じサンフランシスコで小さな昔風のクラブを経営していた。

よく遊びに行っていた。

夜は出入りできなかったが、昼間にそのクラブに行くのが楽しみだった。

ステージがあり、そこにはピアノやドラム等色んな楽器が置いてあった。

時には、その日の夜のリハーサルをやっている事もあった。


そして、なによりおじいちゃんのギターを聴くのが好きだった。

そんな子供の頃の俺に、おじいちゃんがアコスティックギターをくれて、弾き方を教えてくれた。


 おじいちゃんが若い頃ギターで飯を食っていた人だと知ったのは、何年も後のことだった。

自分のバンドはそこそこだったが、ギターの腕を買われ、同年代のロックバンドやシンガー達から頼まれて、ライブや世界ツアーにまで参加していたらしい。


 

 ミドルスクールに通い始めた頃、友達のお姉ちゃんがボーカルをやっているバンドの練習をよく見に行っていた。


ミュージシャンと呼ばれる人達のパフォーマンスを観ていた俺には、荒削りで上手くもなかったが、それはそれで味があって嫌いじゃなかった。


ギタリストの子がやめてしまったと聞いて、俺はアピールした。

でも、他のバンドメンバーに、


「こんな子連れてライブなんて出られない」


と断られた。

年齢の事だけだと思っていた。


その後、その友達と仲間を募ってバンドの真似事をしていた。

俺はもちろんギター。

友達はベース。

そして、ドラムを叩いていたのは、ヒスパニックのちょっと太めの男の子。

ボーカルを名乗り出てくれたのは、アフリカ系の女の子。


その時言われた。


「マイノリティ・バンドだな」


サンフランシスコの学校には、色んな人種がいた。

移民に対して寛容な土地だ。

それでも、歳が増す毎に、そんな事に振り回されることが多くなった。


どんなに頑張っても、カースト下位ってやつだ。

いや、頑張れば頑張る程叩かれることもある。



 13歳の時に、父の仕事の都合で日本に戻ることになった。

アメリカの学校とは違って、日本の学校は閉塞的で息苦しさはあったが、同じ服装、同じ顔の中で過ごす事に安堵も感じた。


でも、良くも悪くも、濃い目のクオーターの俺は少し違う存在だったらしい。

どこに行っても完全に馴染めない、そんな想いもあった。


男の子達からは、遠巻きに嫌がらせもあった。

でも、女の子からはモテた。

浮かれてた。


 そんなクラスのリーダーだったのが、がたいもデカく強面だった杉崎くんだ。

バンドをやっていると聞いて、俺は杉崎くんの家の練習場を訪ねた。


そのドラムは、大人顔負け、いや、クラブのリハーサルで観たミュージシャンと呼ばれる人達にすら引けを取らなかった。


運命の出会いだった。



しかしだ!

杉崎くんのリーダーシップは裏を返せば、メチャクチャ自己中だった。



ーShowー

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