ショートホラー『真夜中のプール』

すでおに

ショートホラー『真夜中のプール』

 突き動かしのは若さだったのかもしれない。時刻は深夜の1時を回っている。プールに突き出た飛び込み台に目を細めたのは点灯した照明に目が慣れていないからだ。


 自信を上書きするためと言い聞かせた。不安?そうかもしれない。じっとしていることに耐えられないせいかもしれないが認めたくなかった。俺は勝つためにここへ来たのだ。


 優勝を争うのは三十も半ばに差しかかった、十以上離れたベテランのディフェンディングチャンピオンでも、負ける気など毛頭ない。向こうがキャリアなら若さが俺の武器。王座を奪取して、俺の時代の幕を開くのだ。

 若い頃に比べて疲れが抜けなくなった、そう話すインタビュー記事を読んだ。今頃奴は布団にもぐって夢を見ているのだろう。俺は本物の夢をつかむためにここにいる。


 こんな時間にプールを無断で使っているのがバレたら大目玉を食らうかもしれないが恐るるに足らず。練習したい衝動を抑えきれなかった。誰もいないプールの10メートル上にある飛び込み台に向かって一歩ずつ足を進め、何度も経験した胸の高鳴りを思い出す。練習は試合のように、試合は練習のように。


 飛び込み台に立ち左右の腕を水平に伸ばし、目を瞑ってすーっと息を吸う。かっと目を開くとその勢いでとびあがり、体に捻りを加える。その瞬間眼下のプールが目に入った。


 水が張っていなかった。

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ショートホラー『真夜中のプール』 すでおに @sudeoni

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