第56話「ホームレス」

「おはよ…」


「どうしたの?元気ないね」


 朝の下駄箱で会った西森さんが妙に元気がない。


「村上くんは将来の夢とか目標とか…ある?」


 えっ、珍しく真剣な悩みなのかな?


「いやあ、僕は単なるオタクだからね。普通に大学でて普通に就職かなぁ。西森さんは漫画家目指してるんだよね?」


 何度か見せてもらったが西森さんは絵がめっちゃ上手い。漫画も描いてるの見た事ある。


「そのつもりなんだけどさ、昨日ママと口論になってさ…私、高校卒業したら上京して漫画家になるって言ったらめっちゃ怒られてさ…そんないい加減な事しないでちゃんと進学しなさいって。酷くない?」


「あー…確かに不安定な気はするけどね」


 それに西森さんは成績も悪くないはずだ、大学へ進学してもいい気はする。


「でも私は漫画家になりたい!なれなかったら死んでもいいって覚悟で生きてる!だから進学はしない!…って言ったんだけどね」


「それはすごいな」


「そしたらパパがさ…『死んでもいいとか死ぬ気でやるとか言っても若いんだから死がピンと来てないんだろう』とか、言い出してさ」


「そう言われると確かにそうかも」


「そのままS市に車で連れ出されたんだよ。そしてドライブがてらにあちこち路上生活してる人を指差して言うの。『死んでもいいと言うがな、ホームレスになる覚悟はあるのか?』って。死ぬのはピンとこなくてもホームレスなら目の前にある現実だ。お前は将来ホームレスになる覚悟はあるのかって言われてさ」


「すごいお父さんだね」


 なるほど、確かに僕らはまだ若い。将来の夢に向かっていくのもいいけど死んでもいいとか死ぬ気でとか覚悟を口にしても死に対する認識が甘いんだ。口先だけの覚悟と思われても仕方ない。それで現実的に目に見える形で教えたのかな。


「それを言われて私は言い返せなかったよ…確かに私には覚悟が足りてないと思った」


「じゃあ進学するの?」


「いや!ホームレスになってでも漫画を描いてやる!って言いたいけどね、ホームレスじゃ紙もペンも買えない!漫画が描けないと本末転倒だからね!」


「そっちィ!?」


「だからとりあえずは、進学するよ!一緒に受験生だな!」


 さすが西森さん。ある意味やはり覚悟が違うな。しかしちょっとお父さんの言い方もわかりやすかったな。若いから死がピンとこない、か。



 今日の西森語録「死ぬのではなくホームレスになる覚悟をしろ」


 どちらかと言えば西森パパ語録だな。

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