ご主人様は家具を調達する。(後編)
たくさんの黄色い歓声と私への棘を受けながらもなんとかホームセンターに着いた私たち。様々な物を取り揃えた五階建ての大きな建物。さすが都会。ホームセンターの壮大さに思わず息を呑まざるを得ない。
フロアガイドを見ながら欲しい物を探していく。直接何が欲しいか聞けないクロとは電話でやりとりしながらそれぞれの好みの物をどんどんカートに入れていく。カゴ一つでは足りず追加。更にはカートを二つ押しという始末。
こんなところで出費があるとは。とほほ。
そう落胆しながらカートを押して、山盛りになったカートをレジまで持っていく。
マットレスなど大きい物が多かったので有人レジでお会計することに。だんだんととんでもない数字になる合計金額に私はクレジットカードを持つ手が震えてきた。
レジに表示された金額は六万を超えている。何を買ったんだろう。まあ、今から引越して生活できるくらい買ったんだから、安く済んだ方だろうか。
家具なんてこんなまとめて買ったことがないから分からないけど、とりあえず大きな出費であることには変わりない。胸にぽっかり穴が開いたようだ。
「クレジットでお願い──」
私が泣きそうになりながら店員のお姉さんにクレジットカードを渡そうとすると、冷たいけれど少し温かい何かに止められた。
それはシロの手であった。シロの白くて大きな手が私の手をすっぽりと隠していた。
「これでお願いします」
トレーに置かれたのは七枚の福沢諭吉といくつかの小銭。あれ、私がお財布係って昨日貴方言ってなかったっけ。
「先に袋詰めしといてください。割れ物気をつけてくださいね」
シロは私に指示した。何が何だか分からないままとりあえずクレジットカードを財布にしまって小物やら皿やらが入ったカゴを台まで運ぶ。そのまま無心で割れ物は新聞紙に包んで袋に詰めていく。
支払いを終えて私の所までやってきたシロ。私はそっと耳打ちするように近づいた。
「お金、どこから持ってきたの? まさか盗んできたとか言わないわよね」
「失礼ですね。ちゃんと正規のルートで手に入れた金ですよ。今までご主人様と会う前は自分たちで食べていかなきゃでしたし」
それもそうかと納得してしまう私。犯罪に関わってないのなら何も言うことはない。でも、こんな大金を持ち歩くなんて。危ないじゃないの。
そのまま私たちは大量の荷物を持ちながらホームセンターを後にした。
マットレスの入ったダンボールには取っ手がついているが、この大荷物に加えて家まで持って歩くのには少し骨が折れる。
私とシロは話し合ってバスに乗って帰ることになった。バスを使うほどの距離でもないが、全て徒歩で行くより楽だろう。本来、私が帰る予定はなかったが買った物が多くなってしまったし、そこまで遠出ではないので帰ることに。
バスは三分置きくらいに来てくれる。バス停で待っているとすぐにバスが到着し、それに乗り込んだ。ラッキーなことに空いていたので、窮屈な思いをすることなく荷物も乗っけられた。
最寄り駅で降りて帰り道を歩き出す。栄えた大通りから一つ離れた道を歩くと、たちまち細い道に家が並ぶ住宅街に変わった。
「あれ、結衣ちゃんじゃーん」
「彼氏できたの? 白髪なんて派手な男だね。俺たちは派手で嫌だって言ったくせに」
突然背後から聞いたことのある声をかけられて、思わず私は後ろを振り返る。そこには苦い経験のある二人組がいた。
彼らは私がここに越してきたばかりに、良くも悪くもお世話になった人たちだ。
「ちょっとちょっと、なんでそんな怖い顔してんのさ。俺らの仲じゃん?」
「そそ。久しぶりって挨拶してるだけで」
そう言いながらどんどん距離を縮めてくる二人。私は一歩後退りする。隣にいるシロに助けを求めようと隣を向くと、そこには誰もいなかった。
あんの裏切り者。何が貴方はご主人様だ。絶対に許さない。ここはご主人様は私が守るって前に立つよくある展開になるべきでしょう。本当に本当に信じられない。家に二度と入れてやらないから。
「彼氏クン、気にせず歩いてっちゃったよ。本当に彼氏なの?」
「彼氏では……」
「じゃあ何? 兄貴とか?」
「そういうのでも……」
にやにやと気味の悪い笑みを浮かべた二人。
まずい。ちょっと重たい物を持っているから走りづらくて逃げられない。もうこの際誰でもいいから助けて!
一人の男が私の肩に触れて、もう一人が顔を触る。なんかべたべたしている。冷や汗が伝い、身震いする。とても気持ちが悪い。ひええ。
「ねえ。ちょっと俺ん家来なよ。もっとお話しよ」
「気持ち悪いので離してください!」
そうは言っても男はにやにやするだけでやめない。
シロ、あんたのことは地獄の果てまで呪ってやるから。そう思いながら目を固く閉じると、体にあった生温かいものが消え、男の悲鳴が聞こえてきた。
うっすらと目を開けてみるとそこには腕やら背中を痛そうに押さえる男たちと、白猫の姿が。
「シロ!」
私は叫ぶようにしてその猫を呼ぶ。猫は大きくて鋭い目を一度私に向けると、男たちの方を見上げて威嚇する。その殺意を感じとったのか、怯えた二人は急いで逃げていった。猫の威嚇に負けるなんて、なんて情けないこと。
男たちが見えなくなるまで見届けた白猫はそのまま塀を跳んで乗り越えると茂みに消えた。
あの猫はシロで合ってるのだろうか。でもあの目に惹きつけられたから、きっとシロなんだろう。そう思っていると後ろの方から足音が聞こえて私は振り返る。
そこにいたのはボサボサになってしまった白い髪に緑の葉をつけた青年、シロだった。私は駆け足で寄る。髪についた葉を取ろうと手を伸ばす。荷物がちょっと重い。
「……怪我はありませんか」
立ち尽くしたシロが零す。
「ない。ないよ」
私は葉を全て取った。荷物を傷つけないよう手をゆっくりと下ろすと同時に、シロはその手で私の顔を包むようにして触れる。
「……汚い臭いが。すみません」
「謝ることじゃないわ。私が無視してしまえばよかったのに、反応しちゃったのが悪いの」
そう言ってもシロは暗い表情で私を見つめる。どうして、そんなに思い詰めてしまうのだろう。
私はともかく安心させるために強くシロの目を見つめる。少し揺れる、綺麗な瞳を。
「助けてくれてありがとう。嬉しかったわ」
「守るのが、私の役目ですから。それと、よく私だと分かりましたね」
「なんとなくだけれどね。でも、シロの目は私にとって特別というか。なんか他の猫とは違う気がするの。綺麗で透き通る、美しい目をしているから」
私の言葉にシロは少し目を開く。その後、出会ったばかりの頃のような優しい微笑みを見せた。その微笑みがあまりにも儚くて美しいから、私は少しどきりとしてしまった。
「やっぱり、私の主人は生涯貴方だけだ」
シロはそう言って額を合わせた。冷たい体から温かさが伝わって、そのじんわりとした優しい温もりが体を溶かすように広がって留まり続けた。
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