第2.5話

 結衣が家を出た後。如月家には黒と白の青年が玄関前に立ち尽くしていた。

 白い青年の手に握られた木製の弁当箱は少し温かい。力をなくしたように弁当を持つ手を下にして項垂れた。


「……怒らせてしまった」

「まあでも急に男が、『私は猫です。貴方はご主人様です。にゃんにゃん』って言いながら家にいたらきもい」

「そこまで言ってない」


 白い青年は弁当箱を見つめる。


 主人は結構駄目な人間だ。本当はどんな人間より優れている。集中してしまえば、できないことなどない。だが集中できないしスイッチが入らないから、その優秀さを活かすことができず、こう支えてくれる人がいなければ生きていけないレベル。

 そう、自分がいないと何もできない人。

 だけれど、どんな人より温かくて優しくて陽だまりのような人。

 そういうところは、昔と何ら変わりない。


 たった今、辛い思いをしたはずなのに懐かしさで微笑みが漏れた。


「ご主人様は確かにご主人様だ。だけど、あの様子だと覚えてない。何一つ」

「それでも構わないよ。言ったじゃないか。私が仕えるのはご主人様だけ。必ず守ると」

「それは、俺も同じ気持ちだけど。このままじゃ、ずっと辛い思いするだけだ」

「なんだ。お前のご主人様に対する気持ちはそんなものなのか」

「……別に」


 言い合いがぷつりと切れてしばし沈黙が流れる。


「そういやご主人様、美味そうに飯食ってた」

「え?」


 信じられない言葉に白い青年は目を丸くする。

 早く出ていけと言っていた。余計なことはするなと。最後の最後までそう言って、怒ってしまった。

 お弁当も受け取ってもらえなかったくらいだったからご飯なんて当然手もつけてないと思っていた。

 仕方ないと思った。当然のことだ。そう思っていたのに。


「やっぱり、ご主人様」


 言葉が止まり、感情が溢れる。


「決めた、まだこの家に居続けるよ」

「警察呼ばれんぞ」

「上等だよ。猫の姿になれば警察も何も言えないさ」


 白い青年の言葉に黒い青年は鼻で笑って踵を返す。その顔は満足そうな笑顔に満ちていた。


「やっと見つけたんだ。次は、次こそは貴方を守るから」


 白い青年は微笑んで踵を返した。

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