第45話Hiroshima Sadistic Night
雨の降り頻る駐車場で、自販機の明かりに照らされながら楓花は声を押し殺して泣き始めた。彼女を起こす為に差し出した手は握ったままで、俺はもう片方の手で彼女の頭を撫でる。雨に濡れた水色のロングヘアーは冷たく、そして震えていた。
「⋯楓花は、楓花は間違ってたのかな?」
「ああ、間違ってたんだよ」
「⋯じゃあどうすればよかったの?周りに傷つけられても、何もせずに黙って我慢したら良かったの?」
彼女の両目からは絶えず涙が溢れ続けている。幼少期の育児放棄とも取れる環境や親からの虐待、そして中学での虐めに従兄弟からの性被害。その全てをこの小さな体で受け止めて、その上で我慢をして生きていくことなど果たして出来るのだろうか?
「⋯楓花が今までどんだけ辛い思いをして生きてきたか、俺には想像も出来ない。だけど」
「⋯だけど?」
「これから先、一緒に過去を共有して、少しでも楓花の気持ちを理解したり、これから先起きる色んな嫌な出来事を一緒に乗り越えて行くことは出来ると思う」
「⋯でも楓花は人殺しで、最初はみーくんの事も殺そうとしてて」
「んな事今更どうでも良いんだよ」
「⋯なんで?良くないじゃん⋯なんでそんなに優しく出来るの?」
「言っただろ、今日俺は楓花の友達としてここに来たんだ。俺は楓花がどんな過去を背負っていようと、ずっとお前の友達でいるよ」
「そんなの、ズルいよ」
そう言うと彼女は俺の胸に顔を埋め、声を上げて泣き始めた。楓花の泣き声と降りしきる雨音にまざって遠くでサイレンの音が聞こえる。もうすぐここに警察や救急隊が到着し、楓花とも離れ離れになってしまうだろう。残された時間は少ないが、それでも俺は彼女に伝えたいことが沢山あった。
「今から俺が言う事は、世間一般では間違ってると思う」
俺はそこで言葉を切ると、彼女の背中に腕を回し抱きしめた。彼女は抵抗もせず、俺の背中に手を回す。制服越しでも彼女の背中に残された火傷の後を感じる事が出来て、それがより一層俺の心を締め付けた。
「確かに楓花は両親を含め沢山の人間を殺した。でもその全てが不審死で処理されてるのも事実だ」
「⋯うん、でも」
「⋯いいんだよ、少なくとも俺は絶対に警察に喋らない。だからこのまま黙っていれば楓花の犯行だとはバレない」
「⋯でもそんなの、絶対にダメだよ」
確かに楓花の言う通りだ。バレなければ良いなんて都合のいい考え方は絶対に間違っている、だけど俺はそれでもこの一連の事件を楓花一人に押し付けるのはおかしいし、間違っていると思った。
「⋯良いんだよ。凛華は自殺未遂をして、免許証を捨てる事でケジメをつけた。奈緒は小指を切り落としたし、歌恋は楓花に足を撃たれた。そして俺はこの事件の秘密を一生背負って生きていく事にしたんだ。人の命に対するケジメとしたら軽いかもしれないけれど、それぞれが別々の方法でケジメをつけたんだよ。だから楓花は」
「⋯楓花は?」
「楓花は、歌恋を撃った事を警察に正直に話して、罪を償ってからまたこの町に帰ってこい」
俺はそう言うと楓花の肩を持ち、少しだけ体を引き離して彼女の顔を真っ直ぐに見据えた。だんだんと近づいてくるサイレンの音が、残された時間が僅かである事を知らせている。
「あのな、俺は間違ってるかもしれねぇけどこう考える事にしたんだ」
「どう考える事にしたの?」
「楓花は今まで受けた酷い仕打ちに対して、この憎たらしいクソみたいな世界に対して、ほんのちょっと復讐しただけなんだよ。もし楓花の心がもう少し弱かったら、死んでたのは楓花かもしれないんだ。俺は、今こうしてお前が生きているだけで嬉しいんだ。だから、これからもずっと俺の友達でいてくれよな」
「⋯そっか、分かった」
「ほら、いつもの様に笑えよ」
「⋯えへへ、みーくんはやっぱり優しくて、とんでもなくバカだなぁ」
ようやく彼女の顔に笑顔が戻り、俺はそれがとても嬉しくて、そして悲しかった。けたたましくサイレンを鳴らしながら駐車場に救急車が入ってきて、数名の救急隊員が歌恋の元へと駆け寄っていく。彼女はすぐに担架に乗せられ、救急車の中へと運ばれていった。担架で運ばれながらほんの一瞬だけこちらに顔を向けた歌恋は、俺に向かって笑いかけた。彼女もきっと今回の事件の事は何も喋らないだろう、なぜだか分からないが俺にはそう思えた。
救急車が走り去り、代わりに数台のパトカーが駐車場へと入ってくる。俺は最後に彼女に何か伝えようとしたが、楓花はそれを制止するように俺に声をかけた。
「みーくん、少しだけ屈んでよ」
俺は言われるがままに膝を曲げて少しだけ屈んだ。彼女は俺の頭を両手で優しく包み込むと、背伸びをして俺にそっとキスをした。時間がスローモーションのようにゆっくりと流れ、彼女がゆっくりと俺から離れる。
「みーくん、またね」
俺が返事をする前に数名の警察官が俺達二人を引き離し、無理矢理別々のパトカーへと押し込んだ。こうして長く辛い夜が終わった。
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