第44話Laurel

「⋯えっ?」

突然の楓花の冷たい言葉に、歌恋は目に見えて動揺している。そんな彼女に、楓花はゆっくりと銃口を向けた。

「自分じゃ何にも出来ないくせに、いちいちうるせぇんだよ」

「⋯な、なんで?私と楓花は友達じゃろ?」

「楓花は友達だと思ってたよ?でも歌恋ちゃんは楓花の事を友達だなんて一度も思ったことないでしょ?」

「⋯そ、そんな事は⋯ねぇ、頼むけん早うあの女を殺してぇや⋯」

「だから、うるさいっつーの」

そう言うと楓花は引き金を引いた。大きな銃撃音が響き渡り、それと同時に歌恋の声にならないうめき声が聞こえてくる。放たれた銃弾は歌恋の右膝に当たり、彼女は力なく崩れ落ちた。

「うあああ、なんで!痛い痛い痛い!!なんで裏切るんよ!!」

撃たれた足を押さえ、涙を流しながら歌恋が叫ぶ。楓花はそんな彼女を冷めた目で見下ろしながら、小さな声で呟いた。

「これで残りは後二発⋯」

「⋯楓花、もう良いだろ?この辺で辞めようや」

俺はなんとか言葉を絞り出し、楓花を説得しにかかる。だが彼女はそんな俺に対し、銃口を向けた。

「ねぇ、みーくん」

「⋯なんだ?」

「みーくんは今でもまだ楓花の友達?」

「ああ、今でも楓花は俺の友達だ」

「じゃあ、楓花と一緒に死んでくれるかな?」

残りの銃弾は二発、彼女は俺を撃ってから自分を撃つつもりなのかもしれない。「絶体絶命」の四文字が頭を過る。奈緒もこの状況では動く事が出来ないようだ。

「⋯一人で死ぬのは怖いんだ。だからみーくん、一緒にいこうよ」

彼女の指が引き金にかかり、俺はまばたきも出来ないまま立ち尽くしている。もう終わりだ、そう思った時、一台の車が猛スピードで駐車場へと走り込んできた。白い2ドアのクーペ、見覚えのあるその車は、事故で大破したはずの凛華のプレリュードだった。

「⋯間に合ったか」

奈緒が小さく呟き、楓花が目を離した隙に俺の腕を引いた。凛華は水溜まりの上で思いっきりドリフトをかまし、辺りに水飛沫を撒き散らしながら車を停車させる。勢いよく水飛沫を浴びた楓花はその場に尻もちをつき、その隙を逃さず奈緒が彼女の手から拳銃を奪い取った。

「⋯先輩!大丈夫っスか?」

凛華が窓を開けそう問いかけるも、俺は突然の出来事に頭が混乱し、返事も出来ずにいた。

「⋯凛華、どうしてここに?」

「奈緒さんの差し入れの中に、車のキーが入ってたんスよ」

「そういうことだ、稔には内緒で昼の間に病院の駐車場にプレリュードを停めておいたんだよ」

奈緒は少し笑みを浮かべながらそう言うと、思い切り振りかぶってから、海に向かって拳銃を投げ捨てた。そして凛華の元へと向かい何やら会話を交わすと、プレリュードのトランクを開けて中から一本のドスを取り出してこちらを振り向いた。

「稔、楓花。ウチはウチなりに、今回の事件に関わったケジメをつける」

「⋯どうするつもりだ?」

「ウチはヤクザの娘やからな、ヤクザ流のやり方でケジメをつけるよ」

そう言うと彼女はドスを抜き、濡れたアスファルトに左手をつくと勢いをつけて一気に小指を切り落とした。

「⋯ってぇ」

「おい!大丈夫かよ?」

俺は慌てて彼女に駆け寄ろうとするが、彼女はそれを手で制止した。凛華が車から降りてきて、奈緒の手に包帯を巻く。包帯はすぐに血で真っ赤に染まり、彼女は痛みに顔を歪ませた。歌恋は足から血を流して蹲ったまま、楓花は呆然として座り込んでいる。たった数分間の間に色々な出来事が起き、状況は一変した。

「先輩、ボクも今回の事件に関わってしまったケジメをつけるっス」

凛華はそう言うと財布から免許証を取り出し、奈緒からドスと切り落とした小指を受け取ると海沿いのフェンスへと歩を進めた。

「ボクは、もう二度と車を運転しません。甘いかもしれないっスけど、それがボクなりのケジメっス」

「お、おい」

俺が止めるまもなく、彼女は手に持った免許証とドス、そして奈緒の小指を海へと投げ捨てた。そして再び車へと戻り、ドアを開け助手席へと乗り込んだ。

「稔!」

運転席側へと歩きながら奈緒が俺を呼ぶ。

「⋯なんだ?」

「悪いがウチと凛華はここで帰らせてもらう。どっちも病院に行かねーといけねーからな」

「⋯ああ、確かにそうだな」

「お前は、警察と救急に通報しろ。それがお前にとってのケジメだ!お前が今回の事件を終わらせるんだ、分かったな!それじゃあまたな」

そう言うと彼女は車に乗りこみ、エンジンをかけて走り去っていった。取り残された俺は、楓花と歌恋の様子を確認する。二人とももう何も言わない、ただ雨の音だけが辺りに響いていた。奈緒の言う通り、すぐにでも救急車を呼ばなければ歌恋が危ない。俺は覚悟を決め救急、警察の順で連絡をした。そして楓花の元に近寄り、座ったままの彼女に手を差し伸べる。楓花は何も言わずに俺の手を握ると、ゆっくりと立ち上がった。もう残された時間はあと僅かだ。ここからは、俺と楓花でケリをつけなければならない。

「みーくん、楓花は⋯」

彼女の目には涙が浮かび、やがて頬を伝って大粒の涙が流れ始めた。

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