第46話Gladiolus

あの悪夢のような夜から半年が経過した。俺は何度もしつこく警察に事件の事を聞かれたが決して口を割らなかった。凛華はあの後病院に戻り、医者からかなり怒られたらしい。なぜだか後で見舞いに行った俺も看護師にキツく怒られてしまった。どうやら俺が車のキーをこっそり差し入れたと思われているようだ、まぁ半分は当たってるようなものだが。

奈緒はあの晩凛華とは別の病院に行き、その日のうちに傷口を縫って帰ったらしい。彼女は俺に「病院食みたいな味の薄い飯なんて食ってられるか」と笑いながら言っていた。

歌恋は凛華と同じ国立病院へと搬送され、手術を受けてしばらく入院した。もちろん彼女の元にも刑事が訪れて毎日のように聞き取りをしたようだが、彼女も俺と同じく決して口を割らなかった。三ヶ月程入院して傷はある程度癒えたが、少し足が不自由になったらしく今はリハビリ専門の病院へと転院している。一度だけ面会に行ったが、「雨宮くんはバカなのかな?」とお得意のセリフを言われてしまった。

楓花があれからどうなったのかは、誰も知らない。ただ、楓花が未成年だった事や、俺や歌恋が口を割らなかった事もあり特にニュースになったりはしなかった。少年院に送られたのか、はたまた保護観察処分になったのか、彼女についての情報は一切ないままだ。俺は今でもたまにあの寂れた喫茶店に立ち寄り、またふらっと彼女が現れないかと待ち続けている。

俺はあれから奈緒の紹介でバーテンダーの仕事につき、金を貯めて免許を取った。教習所代で貯金を使い果たした俺は車を買うほどの余裕は無かったのだが「せっかく免許を取ったのに車がないのはもったいない」と言って奈緒が特別に無利息でローンを組んでくれた。買った車はもちろん白のプレリュード、あの晩凛華が俺を助けてくれた車だ。

「稔、これ前輪の空気がちょっと抜けてんぞ」

「マジか、通りで最近乗り心地が悪いわけだな」

「ちょっと待ってな、空気入れてやっから」

そう言って奈緒はガレージの奥へと入っていった。彼女はあの事件の後、父親が経営する中古車屋を引き継いでオーナーになった。

「よし、これでいいぞ」

「ありがとな」

「だから礼は最後の最後まで取っとけって言ったろ?」

「あはは、そうだったな」

「それじゃ気を付けて帰れよ」

「ああ、またな」

彼女に別れを告げて車に乗り込み、シートベルトを締めてエンジンをかける。そしてゆっくりと車を走らせ、以前バイトをしていたショッピングセンターへと向かう。

22時過ぎ、暗い従業員出口付近に車を停め、外に出て煙草に火をつける。夜風の寒さに肩を震わしていると、聞きなれた声が背後から聞こえた。

「先輩、お疲れっス」

「おう、お疲れ清水」

「いい加減ボクの事下の名前で呼んでくださいよー」

「あはは、つい癖でな。ほら、寒いから早く乗れよ」

「了解っス」

助手席に凛華を乗せて車を走らせる。あの晩を境にこの町で起きていた連続不審死事件は終わり、白いスポーツカーの噂や殺人依頼のオープンチャットの噂、そしてヤクザの娘の噂や謎の女子高生の噂もいつしか耳にしなくなった。だけど、この町やこの町に住む人間がいくら忘れようとも、俺だけは絶対にあの夏の出来事を忘れずに生きていこうと強く思った。

「凛華、ちょっとドライブして帰るか?」

「えへへ、ボクもちょうどドライブしたい気分だったっスよ」

隣で笑う彼女の横顔を見ながら、俺は海岸線沿いの道へとハンドルを切った。


Hiroshima Sadistic Night (完)

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