第43話Sasanqua

俺と奈緒は車を降りると、人影を探して駐車場を歩く。相手は銃を持っている可能性が高い。俺は彼女に「車を降りるのは危険なんじゃないか」と言ったが、彼女は「素人の撃つ銃弾なんてある程度の距離を取っていれば当たりゃしねぇよ」と言ってのけた。とは言え彼女もやはり警戒はしているようで、周囲を注意深く確認しつつ足音を殺して歩いている。

一瞬空に閃光が走り、直後に雷の音が辺りに響き渡る。そして大粒の雨が降り出した。雷に一瞬気を取られた俺たちの後ろから、雨音に混ざって鈴のなるような声が聞こえた。

「みぃつけた」

「⋯!」

急いで声のする方を振り返ると、自販機の影から楓花が現れた。逆光に照らされていても分かる、彼女は満面の笑みを浮かべている。だが楓花の手には銃らしきものは見当たらない、どうやら奈緒もそれに気付いたらしく一瞬緊張感が解れる感じがした。だが、楓花の後ろから音も立てず現れた歌恋の右手には、しっかりと拳銃が握られていた。俺と奈緒の間に再び緊張が走る。

「こんばんは、みーくん。それに奈緒ちゃんも」

楓花はいつものペースで話しかけてくる。歌恋は黙ったまま奈緒を睨みつけており、俺は何と返せば良いのか分からずにいた。

「今日は探偵さんとして来たの?それとも友達として来たの?」

「⋯今日は、楓花の友達として来た」

「えへへ、そう言って貰えると嬉しいな」

楓花はニコニコと笑いながらこちらへゆっくりと近付いてくる。俺と奈緒はそれに合わせてゆっくりと後ずさりをし、一定の距離を保つ。

「この後に及んでお友達ごっこ?雨宮くんはやっぱりバカなのかな?」

ようやく歌恋が口を開き、容赦なく俺を口撃する。

「おい、鈴木歌恋。お前の目的はウチ一人だろうが、これ以上関係ねぇ奴らに迷惑かけんじゃねぇよ」

そう奈緒が応戦し、空気が一気に悪くなる。そんな空気の中、楓花だけがニコニコと笑い続けていた。

「お前さえいなければ、私の兄は死なずに済んだのに!私がこの日をどんだけ待ち望んでいたか、アンタには分からんじゃろう?」

「歌恋、あれはお前の逆恨みみたいなもんだろうが。もういい加減現実を見ろって!」

俺も負けじと自分の思いをぶつけて行く。だがそれがかえって歌恋の心に火をつけてしまった。

「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!邪魔するんじゃったら、アンタも一緒に殺しちゃる!」

「稔はそもそも関係ねーだろうが!」

「黙れ!ヤクザの娘の分際で偉そうに!」

歌恋はそう叫ぶと、手に持った拳銃を楓花に持たせた。自分では撃てないと言うことか。

「楓花、その銃をこっちに渡してくれ」

俺はなるべく彼女を刺激しないように優しく言葉を投げかける。だが楓花には聞こえていないのか、それともそもそも聞く気がないのか、彼女は相変わらず笑顔を浮かべたままその場を動こうとはしない。

「なぁ楓花、お前はなんで人を殺すんだよ?人を殺して何になるんだよ?」

俺はめげずに言葉を投げかける。楓花は俺の言葉に、ようやく言葉を返した。

「なんでって?邪魔だからだよ?」

「どういう事だ?」

「みーくんはもう知ってるんでしょ?楓花が両親を殺したこと」

「⋯ああ、確か火事に見せかけて殺したんだよな」

「楓花の両親はね、二人揃ってギャルブル大好きで、楓花の事なんてこれっぽっちも愛してくれなくて、お父さんは夜遅くに帰ってきては楓花を殴ったり、それどころかイタズラしてきたり。お母さんは知ってて見て見ぬふりをしてたの」

彼女は淡々と、自身の壮絶な過去を語り始めた。育児放棄に近い家庭環境、そして父親からの虐待、それを見て見ぬふりする母親。彼女がどれだけ悲惨な幼少期を過ごしてきたのか、俺には想像する事も出来なかった。

「⋯そうだったんだな」

「だからね、みーくん。楓花は小学校の卒業式の日、ひとりぼっちで家に帰ってる時に決めたの」

「決めたって?」

「⋯お父さんも、お母さんも、楓花の人生には邪魔な存在だから、消しちゃおうって」

「⋯それで、家に火をつけたのか?」

「えへへ、楓花のお父さんはね、みーくんみたいに煙草を吸ってたの。だから寝タバコに見せかけて火をつけるのは簡単だったんだよ。でもね、それだけじゃもしかしたら楓花が疑われちゃうかもしれない。だから消防車がやってくるのを確認してから、自分も炎の中に飛び込んだの」

彼女の放つ一言一言が、悲しくて、虚しくて、俺の心を抉った。奈緒も、歌恋も何も言えずにただ立ち尽くしている。

「楓花はね、背中が焼ける熱さを感じながら、花火をしたんだ。痛くて熱くて苦しいのに、花火はとても綺麗で、このまま死んじゃうのも悪くないなぁなんて思ったの。でも、死ねなかった」

雨は強さを増し、地面には水溜まりが出来ていく。

「楓花は、あの日一度死んだんだよ」

「⋯心がって事か?」

「えへへ、さすがみーくんは楓花の友達だね、病院で目が覚めた楓花は背中に大きな火傷を負ってて、火傷の治療が終わると精神科に通うようになったの」

「じゃあ中学に上がる頃からずっと睡眠薬を飲み続けてるのか?」

「うん、だから楓花にはもう効かないの。それで楓花は、親戚の住むこの町に越して来たの。突然やってきた楓花を、周りのみんなは虐めたり無視したりしたの。家では従兄弟にお風呂を覗かれたりしてね、みんな邪魔だなって思ったの」

両親を殺し、地元を離れても尚彼女の人生は好転しなかった。それを人は「因果応報」だと言うかもしれない、けど俺は楓花が悪いとは思えなかった。

「⋯邪魔だなって思って、どうしたんだ?」

「もちろん殺したよ?」

「虐めの首謀者をか?それとも、従兄弟を?」

「ざーんねん、どっちでもないよ。楓花が殺したのは、虐めに加担してた子。その子の家は坂をずーっと登った所にあってね、人目に付きにくいなって思ったの。大変だったんだよ?何日もかけて少しずつ色んな家から服や靴を盗んで、週末にその子が夜遊びをして帰ってきたタイミングで、その子の家の庭に置いてある金属バットで頭を思いっきり殴ったの」

「それで⋯殺したのか?」

「うん、何度も何度も殴ってるとね、動かなくなって死んじゃった。人って案外簡単に死ぬんだよ?」

俺と楓花だけの会話が続く。内容が内容だけに、奈緒も歌恋も間に入れずにいる。

「⋯従兄弟もやったのか?」

「ううん、さっきも否定したでしょ?あの人は見逃してあげたの。代わりにイタズラされてる証拠をちょっとずつ集めててね、中学を卒業するタイミングで親戚を脅して沢山お金を貰って家を出たの」

「高校には通ってないのか?」

「うん、そもそも受験すらしてないからね。だから楓花の制服はいつも違うの」

彼女はそこで言葉を切ると、手に銃を持ったまま制服のスカートを指でつまみ、その場でくるりとターンしてみせた。

「話を少し戻すね。歌恋ちゃんと知り合ったのは、中学三年の夏だったの。だよね、歌恋ちゃん?」

「ほうじゃね」

久しぶりに歌恋が口を開く。

「それで歌恋ちゃんとチャットしてるうちにね、楓花と一緒でこの世界を憎んでるんだなぁって思ったの」

「ほうよ、私はこの世界を、そして松本奈緒を殺してやりたいくらい憎んでるんよ」

「だから、それならウチだけを狙えば良いだろうが!」

歌恋の言葉に奈緒が食ってかかる。

「奈緒ちゃんと出会ったのは中学三年の冬くらいだったっけ?あの時は楓花のワガママを聞いてくれてありがとうね」

「⋯あ、ああ」

きっと楓花はタトゥーの事を言っているのだろう。雨に濡れた楓花の背中に、沢山のタトゥーが透けて見えた。

「奈緒ちゃんもこの世界を憎んでいたよね」

「⋯あの頃は確かに憎んでいたよ」

「じゃあ今は憎んでないの?」

「⋯今は」

奈緒はそう言うと俺をチラッと見て言葉を続けた。

「今は信頼出来るダチがいる、だから今でも世界は嫌いだが憎んではいねぇよ」

「⋯そっかぁ、奈緒ちゃんはもう違うんだね」

楓花は少し寂しそうにそう言った。彼女にとって人との繋がりは、この世界への憎しみだけなのだろうか。

「まあいっか。後はもう知ってる通り、歌恋ちゃんが見つけてきた相手を楓花が消してあげてたの」

「楓花、お前は確かに人を殺してる。だけど世間では不審死として扱われてるからお前が捕まることはない。だからもう辞めるんだ」

奈緒が諭すように語りかけるが、楓花はそれを拒否するように首を横に振った。

「いくらバレなくても楓花が人殺しなのは事実だもん」

「じゃけん早く松本奈緒を殺してぇや!こんな話続けとってもなんの意味もないじゃろ?じゃけぇ、早う殺してぇや」


「うるせぇなぁ」


歌恋の言葉に、楓花がいつもより低いトーンで言葉を返した。


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