第42話Soft windflower
翌朝。まだ日が登りきる前にどちらからともなく目覚めた俺たちは、お互いに今晩の決戦に備えて準備をする為に一時的に帰宅する事にした。どうやら昨晩降り始めた雨は夜中のうちに止んだようだ。
自宅アパートの前で奈緒と別れ、自販機で缶コーヒーを買って家に入る。シャワーや着替えを済ませ、食欲は無かったが軽めの食事も取った。昼前に家を出て、電車に乗って病院へと向かう。一般病棟の面会時間は13時から19時とICUよりも長い。面倒な面会表の記入も不要で、俺は一日ぶりに凛華の元を訪れた。
「⋯あっ、先輩」
「よう、調子はどうだ?」
「相変わらず痛みはあるっスけど、少しはマシになったっス。昨日はどこかへ行ってたんスか?」
「ん?ああ、ちょっと色々あってな。昨日は来れなかった、ごめん」
「謝らなくて大丈夫っスよ、けど一日会えないだけでもなんだかとても長く感じたっスよ」
そう言って彼女は少し照れくさそうに笑った。俺は彼女に全てを話すべきか迷ったが、今更隠しても仕方がないと思い、最近起きた出来事を話すことにした。
「⋯色々あったんスね」
「ああ、でもな、清水は殺人事件に直接関わってる訳じゃない。何も違法な物は運んでないし、もう気にするなよな」
「はい、ありがとうございます。けどボクは先輩の家の前にダンボールを置いたり、奈緒さんの車を尾行したりしてしまったから、やっぱりボクにも悪い所があると思うっス」
「もう過ぎたことだし良いんだよ。あっ、そう言えば」
俺は凛華の言葉で、奈緒から預かっていた手土産の事を思い出した。
「これ、奈緒から清水にって」
「奈緒さんがボクに?」
「心配すんな、中身はただのお菓子とかだそうだ」
「そうなんすね、じゃあ次に奈緒さんに会ったらお礼を伝えといて貰えるっスか?」
「あはは、それは元気になってから自分で伝えな」
それから俺と凛華は面会時間を目一杯使って色んな話をした。出会った頃の話、出会う前の話、そして最後に、今晩一連の事件に決着をつけるつもりであることも。
「先輩、死なないでくださいね」
「あはは、縁起でもない事言うなよ」
「もし先輩がピンチになったら、ボクの事を思い出して下さい。ボクはずっと先輩の事を想ってますから」
「ああ、ありがとな。それじゃあ行ってくるよ」
俺はそう言って立ち上がった。凛華は俺のシャツの裾を掴むと、名残惜しそうに引っ張った。
「安心しろよ、明日もまた来るからな」
「絶対っスよ」
「ああ、それじゃあまた明日な、凛華」
「えへへ。はい、先輩」
凛華と別れ病院を後にする。煙草に火を付けてスマホを取り出し、奈緒へと電話をかけた。時刻は19時を少し回った所だ。
「もしもし?」
「今、面会が終わったよ」
「ああ、もうすぐ着くから下のバス停で待ってろよな」
電話を切ってバス停まで下り、木製のベンチに腰を下ろす。暗くなり始めた空を眺めながら煙草をふかしていると、真っ赤なMR2に乗って奈緒がやってきた。
「その車⋯どうしたんだ?」
「あれからずっと直してたんだよ、どうせケリつけるんならこの車の方が良いと思ってな」
「ボコボコだったのによく直したな、まあ確かにケリつけるんならこの車だよな」
俺はそう言って助手席に乗り込む。運転席に座る彼女の横顔は、既に覚悟を決めた顔をしていた。
「なぁ、今から向かうと早く着きすぎるからよ、ちょっとドライブして行こうぜ」
「ああ、好きなだけ飛ばしてくれ」
「あはは、言われなくてもな!」
彼女はそう言うとサイドブレーキを解除し、一気にアクセルを踏み込んだ。奈緒は本当に運転が上手く、思わず目を背けたくなるような急カーブもスルスルと滑るように走り抜けていく。
「稔!ウチが言った言葉、覚えてるか?」
「色々言われすぎてどれの事だか分かんねえよ!」
「あはは!確かにそうだよな!」
「それで?どの言葉の事だよ?」
「生きてる奴は、みんな強いって奴だよ!」
確かに彼女は以前ドライブした時に、自分は弱いと言った俺に対してそう言った。
「ああ、覚えてるよ!いきなりどうした?」
「ウチらは色々あったけど、今もこうして生きてる!だからウチらは強いんだ、今日も絶対に生きて帰ろうな!」
彼女の言葉は、俺の心の中にあったほんの僅かな不安を綺麗に消し去った。きっとこれが彼女なりの励まし方で、彼女なりの覚悟の示し方なのだろう。
「ああ、絶対に全員生きて帰るぞ」
俺はそう自分に言い聞かせるように呟いた。車のデジタル時計を確認すると、時刻は20時半に差し掛かっていた。奈緒も時間を確認したようで、車の進路を指定された橋へと向ける。
「なぁ、今更な事聞いていいか?」
「ん?なんだ?」
「この車って禁煙なのか?」
「あははは、ホントに今更だな!禁煙なわけねーだろ」
彼女はそう言うと助手席側の窓を少し開けてくれた。俺はポケットから煙草を取り出して火を付ける。
「運転してると上手く火がつかねーからウチのぶんも火を付けてくれ」
俺は彼女が差し出した煙草を口にくわえて火を付け、彼女に返した。窓の隙間から吐き出した煙は、風にのって夜空へ消えていく。煙草を根元まで吸いきった頃、車は橋の上の駐車場へと到着した。
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