第41話Monkshood
「ちょっと、お兄さん大丈夫かい?」
誰かに体を強く揺さぶられ、俺は目を覚ました。窓の外はもう暗くなっており、視線を移すと心配そうな顔をした店主が俺の肩を揺さぶっていた。
「⋯あ、すみません」
「悪いけどもう閉店だから」
そう言うと店主はレジへとゆっくり歩いていく。俺はソファーから立ち上がろうとするも、足元がふらついて上手く立ち上がれない。一体どれだけの量の眠剤を盛ったのだろう、なんとかテーブルに手をついて慎重に立ち上がりレジへと向かい、代金を支払った。そのままフラフラと店を出ようとした俺を店主が呼び止める。
「お兄さん、忘れ物だよ」
何か忘れたっけなと思いつつ後ろを振り返ると、丁寧に封をされた手紙を手に持ち怪訝そうな顔をした店主の姿があった。俺はわけも分からないまま手紙を受け取り、店を後にする。スマホを確認すると時刻は20時を過ぎており、面会時間はとっくに終了していた。俺は渡せなかった奈緒からの手土産を手に、まだふらつく足をなんとか動かし駅を目指した。
半分ほど歩いた所でポケットの中のスマホが振動し、俺に着信を知らせた。
「⋯もしもし」
「よう、稔。どうした?なんか変だぞお前」
「⋯ははは、ちょっと色々あってな」
「大丈夫かよ?今どこだ?迎えに行ってやるよ」
俺は奈緒の言葉に素直に甘えることにして、だいたいの場所を口頭で伝えた。待つこと10分、爆音と共に現れた黒いチェイサーが俺の横で停車し、中から焦りの表情を浮かべた奈緒が降りてきた。
「不味いことになった」
「⋯どうした?」
俺の問いに彼女は運転席側の窓ガラスを黙って指さした。ガラスは無惨に割られており、俺は何が起こったのか一瞬で理解した。
「車上荒らしか⋯?」
「ああ、しかも最悪な事にダッシュボードに入れっぱなしにしていた拳銃を盗まれた」
「⋯マジかよ、一体誰が⋯」
「分からねぇが、多分鈴木歌恋か楓花のどちらかだろう。何にしてもここで話してても仕方がないから移動するぞ」
「⋯わかった」
俺が助手席に乗り込むと、彼女はアクセルを強く踏み込んで車を飛ばした。車は奈緒のマンションや俺のアパートには行かず、暗い山道をぐんぐんと進んでいく。30分程揺られて辿り着いたのは、火事があった花火大会の日に連れてこられた廃工場だった。
「ここなら安全だからよ、ほら、入れよ」
彼女の言葉に従い車を降りるが、まだ足元がおぼつかない俺は地面に膝をついてしまった。
「おいおい、大丈夫かよ。肩貸してやるからゆっくり立てよ」
「⋯悪いな」
奈緒の肩を借りて薄暗い工場内に入り、少し埃っぽいベッドに腰かける。彼女が水の入ったペットボトルを持ってきてくれ、俺はそれを一気に飲み干した。
「何があったのか全部話せよ」
奈緒はそう言うと俺の前にパイプ椅子を置いて座り、煙草に火をつけて真剣な顔でこちらを見た。
それから俺は時間をかけてゆっくりと、今まで起きた事を彼女に話した。歌恋と神社で会った事、歌恋が奈緒を標的にしている事、楓花が殺人を認めた事、そして眠剤を盛られた事。眠剤の影響で所々詰まりながら話す俺の言葉を、彼女は遮ることもなく真剣に聞いてくれた。そして全てを話終えると、新しい煙草に火を付けて口を開いた。
「⋯結局はウチが標的なんだな」
「ああ、少なくとも歌恋はそう言ってる」
「なんだか巻き込んじまったみたいで悪いな」
「お前は謝らなくて良いよ、俺は俺の意思で首を突っ込んだんだからな」
「あはは、やっぱり稔は優しいな。さてと、どうしたもんかな」
相手は拳銃を持っている可能性が高い。このままだと奈緒は遅かれ早かれ殺されてしまうかもしれない。
「あっ、そう言えば⋯」
「ん?なんだ?」
俺は喫茶店で渡された手紙のことを思い出し、ポケットから取り出した。少し折れ曲がってしまったそれをゆっくりと開封し、中から半分に折られた二枚の紙を取り出す。奈緒が俺の隣に座り、スマホのライトで照らしてくれる。
一枚目の紙を開くと、どこかの地図が描かれていた。
「どこだここは?」
「ちょっと貸してみろ」
言われるがままに奈緒に地図を手渡す。彼女はしばらく地図を眺めたあと、スマホの地図アプリを開いて見比べ始めた。
「前に一緒にドライブで行った橋を覚えてるか?」
「ん?ああ、覚えてるよ」
「あの橋とは別にもう一箇所大きな橋があるんだよ、これはそこの地図だ。もう一枚にはなんて書いてある?」
彼女に急かされ俺は二枚目の紙を開く。紙には可愛らしい文字でメッセージが書かれていた。
『みーくん、明日の夜九時、地図の場所で待ってるね。奈緒ちゃんも一緒に来てね。そこで全てを終わらせよう。寝坊助な探偵さんへ』
それは俺と奈緒宛の、楓花からの挑戦状のようなものだった。
「⋯稔、お前はどうするつもりなんだ?」
「俺は⋯」
俺は煙草を取り出して火を付けると、自分自身に言い聞かせるように言葉を続けた。
「俺は楓花と歌恋を止めるつもりだ。もちろん奈緒の事を殺させはしない」
俺の言葉を聞いた奈緒は、やれやれといった感じで一つため息をついた。
「⋯明日、全てを終わらせてケリをつけるぞ」
「ああ、一緒にケリをつけよう」
俺は右手を差し出し、彼女は俺の手をしっかりと握った。外では雨が降り始めたようで、工場内に雨音が響き渡る。俺は長いようで短かった一連の出来事を思い返しながら、明日に備えてベッドに体を預けた。
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