第40話Bishop’s weed
脳内にあの日楓花が供えたピンクの花がおぼろげに思い出され、彼女が言い放った言葉に、夏だと言うのに寒気を感じる。動揺する心を落ち着けようと目の前に置かれたアイスコーヒーを一口飲むが、いつも入れるミルクを入れ忘れている事にすら気が付かない程で、口の中に広がる独特の苦味によって俺は初めてミルクを入れ忘れた事に気付いた。
「あの日、楓花はみーくんを殺しに行ったんだ」
「⋯え?」
彼女は顔色一つ変えずに恐ろしい事実を俺に告げた。
「⋯なんで俺を?」
「みーくんは楓花と出会う前に歌恋ちゃんと連絡を取ったでしょ?それでね、歌恋ちゃんが「あの人は今殺しとかないと将来面倒な事になるもかしれない」って楓花に言ったの」
「⋯じゃあなんであの時俺を殺さなかったんだ?」
彼女は俺の問いには答えず、代わりに制服のポケットから睡眠薬のシートを取り出してテーブルに並べた。そして俺の目を見てニッコリと微笑む。その笑顔は相変わらず純新無垢で、とても人殺しには見えなかった。
「じゃあ、楓花がどうやって人殺しをしてるか教えてあげるね」
「⋯わかった、教えてくれ」
「えへへ、別に特別な事なんて何もしてないし、映画みたいに壮大なトリックがある訳でもないんだよ?」
「⋯じゃあどうやって?」
「凶器はこれだよ」
そう言って彼女はシートから錠剤を取り出して口に含んだ。コリコリと子気味良い音を鳴らし錠剤を噛み砕くと、アイスココアに口をつけ飲み込む。
「てことは、殺す相手に眠剤を飲ませてから、事故や自殺に見せかけて殺したってことか?」
「えへへ、さすがみーくん、大正解」
「でもさすがに楓花の力だけじゃそう簡単には殺せないだろ?」
「そんな事ないよ?人を殺すのに力なんていらないもん。座った状態でも首は吊れるし、高い所から突き落とすだけなら腕一本あれば出来るからね」
確かに眠剤を飲まされて意識が朦朧としている相手なら、場所と条件さえ揃えば小さな女の子でも簡単に殺せるのかもしれない。
「⋯殺す相手はいつも歌恋が決めていたのか?」
「うん、相手は歌恋ちゃんが掲示板とかオープンチャットで見つけてくるの。出会い目的でやって来た奴とか、危ないお薬目当てでやって来た奴とか、どうしようもない奴ばかりだったなぁ。みんな相手が楓花だと油断するから、後は適当な理由をつけて眠剤を飲ませれば殺すのは簡単だった」
楓花はそこまで言うと机に並べたシートをポケットにしまって、アイスココアを追加注文した。俺はココアが運ばれてくるまでの短い時間で頭の中を必死に整理した。昨日歌恋が俺に見せた地図、おそらくはアレを利用して防犯カメラに映らない場所や道を使ったのだろう。だがそうなると凛華は一体何を運ばされていたのか?テーブルに新しいココアが置かれ、店主が奥に引っ込むのを確認してから俺は質問をぶつけた。
「それじゃあ凛華はどう事件に関わっているんだ?」
「ああ、凛華ちゃんにはね、何回か楓花の移動を手伝ってもらったのと、後は何も入っていないダンボールを運ばせてたんだよ」
「⋯何も入っていないダンボール?」
「そそ、中身が分からないと人は勝手に色んな想像をするでしょ?それを繰り返してるうちに、自分はきっと悪い事に手を染めてるんだって思っちゃうの。だから凛華ちゃんは誰も殺してなんかないし、事件に直接関わったのは一度だけなんだよ」
「⋯その一度ってのは?」
楓花はココアをクルクルとストローでかき混ぜつつ言葉を続ける。
「みーくんが奈緒ちゃんとドライブしてた日、歩道橋の上から人が落ちてきて轢いちゃったでしょ?あの日奈緒ちゃんの車をこっそり尾行してもらってたの、それでどの道をどの時間に通るか調べて、それに合わせて楓花が落としたんだよ」
「⋯尾行されてたなんて全く気付かなかったよ。てか、そろそろ俺の最初の質問に答えろよ」
「ええと、えへへ、なんだっけ?」
彼女は本当になんの事だか分からない様子で俺に笑顔を向けた。
「⋯なんで楓花は、あの晩俺を殺さなかった?」
「ああ、それはね。歌恋ちゃんからみーくんの事聞いてたから」
「どういう事だよ」
「みーくんは不眠症で睡眠薬を飲んでるでしょ?」
「⋯ああ」
「だから普通の人より耐性がついてるって思ったの。楓花はそれ以外の殺し方を知らないから、一応強い毒があるお花を用意してみたんだけどね、お花なんて差し出されても食べないでしょ?」
確かに俺は普通の人と比べればいくらか耐性がついている。現に一日分の量では眠れないから二日分をまとめて飲んでいるし、彼女の言う通り花を差し出されても食べたりなんかしない。
「でも、それだけが理由じゃないんだよ?」
「⋯他にどんな理由があったんだよ」
「楓花とみーくんはどこか似てるなって、そう思ったの。夜中で人恋しかったからってのもあるのかもね、でも楓花は殺すよりもみーくんと友達になりたいなって、そう思ったんだよ」
脳裏に楓花と過ごした記憶が蘇ってくる。公園で頭を撫でられた事、白線からはみ出さないように歩いたこと、そんな事を考えているうちに俺は自分の体に起きている異変に気がついた。
「⋯楓花、お前」
「えへへ、ごめんねみーくん。やっぱりみーくんにはなかなか効かなかったね」
「⋯俺のコーヒーに眠剤を混ぜたな」
「うん、だからごめんね。でもこうでもしなきゃこの場を切り抜けられないから仕方なかったの。それじゃあ、またねみーくん」
彼女が店を出ていく音を聞きながら、ゆっくりと俺の意識は途切れていった。
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