第39話Daisy

ようやく事件の全容が見えてきたものの、俺にはまだ分からない所がいくつかあった。まず、何故楓花は人殺しをしているのか。そして、どんな手口で人殺しをしているのか。テレビや映画の中の探偵ならば、自分で証拠を集め、推理し、犯人を追い詰めるのだろうが、俺はただの一般人で、現実はそう甘くない。結局は本人に会って聞き出すしかない。

家に帰り時刻を確認すると、まだ21時だった。今日は睡眠薬を飲んでゆっくり眠れそうだ。俺はシャワーや夕飯を簡単に済ませると、二日分の薬をビールで流し込み眠りに落ちた。

翌日、スマホのアラームより早い時間に電話で起こされた。まだ眠気の残る頭を左手で押さえつつ電話に出る。

「よう稔、起きてたか?」

「⋯いや、寝てたよ」

「あはは、そうかそうか。起こして悪かったな」

電話の相手は松本奈緒だ。こんな朝早くから一体何の用だろう?

「どのみちもうすぐ起きる時間だったからいいよ、それで今日はなんの用だ?」

「ああ、ちょっと渡したいものがあってよ。稔は今日も病院に行くのか?」

「渡したいもの?」

「いいから質問に答えろよなー」

「ああ、今日も今から病院に行くよ」

「それじゃあついでに送ってってやるから、何時に迎えに行けばいい?」

彼女の言葉を受け、俺は壁にかけてある時計を確認した。時刻は10時過ぎ、いつもは電車で病院にいくので11時には家を出るのだが、車なら11時30でも十分間に合うだろう。

「⋯そしたら11時30に迎えに来てもらえるか?」

「了解、二度寝すんじゃねぇぞ。それじゃあまた後でな!」

そう言うと彼女は一方的に電話を切り、俺はベランダに出て寝起きの一服をする事にした。それから歯を磨いたり寝癖を直したりと、なんやかんやしているうちにあっという間に時間は過ぎ、俺は部屋を出てアパートの下へと降りた。

時間通りに黒いチェイサーがやってきて俺の前で停まり、俺は助手席に乗り込んだ。

「おはよう」

「あはは、おはようって言うにはずいぶん遅い時間だけどよ」

「それで、渡したいものってなんだ?」

「ああ、これを凛華に渡してやってくれ」

彼女はそう言うと小さな紙袋を俺に手渡した。

「中身はなんなんだ?」

「あはは、別に怪しいものじゃねぇよ。見たかったら開けて見てもいいぞ。ただのお菓子だからよ」

俺は中身を確認しようか迷ったが、奈緒の言葉を信じることにした。昼時という事もあり少し道は混んでいたが、なんとか面会時間までに病院に到着する事が出来た。

「送ってくれてありがとな」

「いいよ、ウチらはダチだろうが」

「あはは、そうだったな。それじゃあ気をつけて帰れよ」

「おう、凛華によろしくな」

俺が助手席のドアを閉めると、奈緒はマフラーの爆音を響かせながら去っていった。俺は彼女の車を見送り、病院内へと入る。いつものようにICUの待機室で面会表を書き、ナースステーションへと内線をかけると「清水さんは今朝一般病棟に移られました」と言われ、俺は部屋番号を聞いて礼を言い、五階にある一般病棟へと向かった。ナースステーションで面会に来た旨を伝えるが、ICUと一般病棟では面会時間が違うようで一時間程暇になってしまった。このままロビーで待っても良いのだが、俺は一旦病院を出てあの寂れた喫茶店に向かうことにした。

「ああ、お兄さんいらっしゃい。今日は楓花ちゃんも来てるわよ」

「えへへ、今日はなんとなくみーくんに会える気がしてたんだよー!」

そう言って笑う彼女の前にはいつものアイスココアと、少し氷が溶けたアイスコーヒーが置かれていた。

「俺が来なかったらどうするつもりだったんだよ?」

「さあね、考えてなかったな。でもみーくんはこうやって来てくれたし、何の問題もないでしょ?」

俺はソファーに腰掛けて、コーヒーにミルクを注いでかき混ぜた。楓花は嬉しそうにニコニコと笑っている。年老いた女店主が奥に引っ込んだのを確認すると、俺は早速本題に入ることにした。

「昨日、鈴木歌恋と会って話してきた」

「うんうん、それで?」

「⋯この町で起こっている連続不審死事件の犯人が、歌恋と楓花だと聞いた」

「あはは、みーくん流石だね、よく出来ました」

彼女はそう言うと大袈裟に手を叩いて俺に笑いかけた。

「でも、みーくんは探偵さんとしては50点て所かな?」

「⋯どういう事だよ?」

「だってみーくんは犯人が分かったけど、動機や犯行の手段については分かってないよね?」

確かに彼女の言う通りだ。そして、だからこそ俺はこうして楓花に会いに来た。

「だから俺は楓花に真相を聞きに来たんだ。ここまで辿り着いたんだから、本当の事を話してくれ」

「どうしよっかなぁ。みーくんは今日はどっちなの?探偵さんとして会いに来たのか、お友達として逢いに来たのか」

「⋯今日も俺は、探偵として会いに来た」

「そっかぁ、残念。でも探偵さんとして会いに来たのなら仕方がないね、そろそろ本当の事を話さなきゃだね」

楓花は少し残念そうな、どこか悲しそうな顔を浮かべながらそう言った。少しの間気まずい沈黙が流れたが、彼女は再び笑顔を浮かべながら俺に問いかけた。

「ねぇみーくん、楓花と初めてあった日、一緒に猫を埋めた時のこと覚えてる?」

「ああ、覚えてるよ」

「じゃああの日楓花が猫ちゃんのお墓に供えた花の名前は覚えてるかな?」

「⋯いや、そこまでは」

俺がそう言うと、彼女は呆れたようにため息を一つついた。

「あの日楓花が供えたお花の名前はキョウチクトウ。あの花には、とても強い毒があるんだよ」

喫茶店内の空気が、一瞬にして凍りついた。

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