第38話Heath
「⋯そんな前から知ってたんだな」
「まあね、と言っても最初はオープンチャットでたまにチャットするくらいの仲じゃったんよ」
そう言うと歌恋は立ち上がり、神社の境内へと歩き始めた。俺も彼女にならい、境内へと向かう。
「そうやって、毎日少しずつチャットをしとるうちに、楓花と私には共通点があるって分かったんよ」
「共通点?」
「うん、お互いにこの世界を憎んでるって事が分かった。それからは仲良くなるのに時間はかからんかった」
歌恋は境内の木造の床に腰を下ろし、パーカーのポケットから丁寧に折りたたまれた一枚の紙を取り出すと、俺に手渡してきた。俺も彼女の隣に座り、渡された紙を開く。それは市内全域の詳細な地図で、至る所にマーカーで印がつけてあった。
「これは?」
「それはね、私が高校一年の頃から時間をかけて作ったものでね、この町にある防犯カメラの位置をマークしたものなんよ」
「何のためにこんなものを?」
「証拠を残さず、松本奈緒を消すために作ったんよ。けど、私にはそれを実行に移す勇気が出んかった。そんな時現れたのが楓花じゃったんよ」
用意に用意を重ねても、いざ実行に移すとなるとそれ相応の覚悟がいるのだろう。きっとそんな時に楓花は、あのニコニコとした笑顔で歌恋の元に現れたのだろう。
「それから?」
「それから、初めて直接楓花と会って、あの子は聞き上手じゃけんね、私も知らず知らずのうちに胸に秘めてた思いを話してしもうて。そしたらあの子はね」
「⋯うん」
「「邪魔な奴がいるんだったら、楓花が消してあげるよ」って、笑いながら言うたんよ」
楓花の幼さの残る無垢な笑顔が脳裏に過ぎる。
「それで、歌恋はどうしたんだ?」
「⋯最初は何もしなかった。じゃけど、楓花と出会って二ヶ月が経った頃、あの子が一件のタトゥーショップを見つけてきた」
「⋯それが奈緒の経営してた金盞花だった訳か」
「そういう事。あの女は、私が掲示板やSNSを使って追い詰めた結果中学一年の時に不登校になって、それっきり全部のSNSを削除して居場所が分からんくなっとった。いくら探しても見つからんかったあの女の居場所を楓花が見付けて来た時、私は心底嬉しかったんよ」
「⋯なんでわざわざ殺したいくらい憎んでる相手にタトゥーを入れてもらったんだ?」
「⋯ああ、これの事?」
彼女はそう言ってパーカーの袖を捲り、手首に刻まれたタトゥーを俺にみせた。
「わざわざこれを入れたのは、相手が本当に松本奈緒か確かめる為。入れたのは12月の始めだったかな、それで本人だって分かった私は、事件の計画を実行に移すことにした」
「凛華の事もその時に知ったのか?」
「そういうこと。過去を調べるのは私の得意分野じゃけぇね、事件に巻き込むのにこれ以上ないくらい便利な存在じゃと思ったんよ」
「⋯それで凛華を利用したのか」
「ほうじゃね、あの子には何の恨みもないけどね。申し訳ないとは思っとるけど、それでも私は手段を選ばんってもう決めとるけぇね。じゃけど⋯」
「⋯じゃけどなんなん?」
「私はキミを巻き込みたくなかったんよ。じゃけん何度も警告した。猫の死骸とか、ドアノブに付けた血の手形、あれで雨宮くんが引いてくれると思ったんよ。でもキミはそんな事じゃ止まらんかった」
「⋯あれもお前がやった事だったんだな。俺は、凛華に降りかかる火の粉を振り払おうって心に決めとるけん、今更引けんのんよ」
今まで点と点だった出来事が、線で結ばれていく感覚がした。この夏、俺が体験した出来事の全てが、今一本の線として繋がろうとしていた。
「この町では沢山の人間が死んだ。それを殺したのは私じゃない。実際に手を下したのは、楓花なんよ。でもね、殺す相手を用意したのは私。オープンチャットや掲示板を使って、ろくでもない人間を引っ掛けて、楓花へとバトンを渡した。それが今回の事件の真相なんよ」
「⋯でもお前が本当に殺したいのは、松本奈緒なんだろ?」
「ほうよ、じゃけんね、最後のゲームをしようか、雨宮くん」
彼女はそう言うと立ち上がり、俺の目の前に立つと今までで一番の笑顔を浮かべた。月明かりに照らされた歌恋は、可愛いとか美人とかそんな言葉で言い表すにはもったいないくらい、綺麗だった。
「雨宮くん、私は松本奈緒を殺すよ」
綺麗な笑顔とは裏腹に、彼女の言葉は真冬の空気ような冷たさを秘めていた。
「⋯それで、事件を終わらせるつもりなのか」
「そういうこと、だからね、もしキミが止められるんだったら止めてごらん。私は、もう決めたから」
「⋯もし、歌恋がどうしても奈緒を殺すって言うんなら、俺は何としてもそれを止めて、一連の事件を終わらせてやるよ」
「あはは、初めて会った時と比べたら、ずいぶんと強くなったね、雨宮くん」
彼女はそう言いながら、右腕をこちらへと伸ばした。俺は立ち上がり彼女の手を握る。
「私はキミの事、好きだよ。だからこの握手は最後の握手だね。たくさん優しくしてくれてありがとう、そして、さようなら」
彼女はゆっくりと手を離すと、くるりと向きを変えて歩き出す。俺は手に残った彼女の温もりを感じながら、去りゆく彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
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