第37話Big blue lilyturf
昨晩、奈緒に送ってもらった俺は一度シャッター通りへと寄ってもらい、歌恋の行きつけのバーのドアにあの台風の日と同じようにメモを残し、家へと戻った。奈緒は俺の奇妙な行動に対して特に何も言わなかった。ただ別れ際に、少し照れくさそうに「ありがとうな」と言ってくれた。彼女は彼女なりに今まで一人で抱え込んで苦しい思いをしていたのだろう。
翌日。昼と夕方の面会を終えた俺はスマホを取り出してアプリを開いた。昨日俺が歌恋に残したメモは「Japanese silver leaf」で花言葉は「困難に負けない」今の俺の決意を俺なりに表したつもりだ。その名をつけたオープンチャットには既に歌恋と思われる誰かが参加しており、俺はあの日と同じように「神社で待つ」とだけチャットをうちこんだ。
歩いて神社に向かい、長い階段を登って一番上の段に腰掛ける。煙草に火を付けてぼんやりと夜景を眺めていると、歌恋が階段を登ってくるのが目に入った。前回とは違って正面から来たという事は、彼女も彼女なりに決着をつけに来ているのかもしれない。
「よう」
そう俺の方から声をかける。
「こんばんは、花言葉好きな雨宮くん」
彼女はそう言って、整った綺麗な顔で俺に笑いかけた。そしてそのまま俺の隣へと座る。俺はこれからする予定の会話を頭の中でシュミレートし、そして少し胸が傷んだ。俺は出来ることなら歌恋を傷付けたくないし、友達でいたかった。だけど決めたからには言わなければならない。
「歌恋」
「なんね」
「この町で起きている連続不審死事件、それを裏で操ってるのはお前なんだろ?」
「ほうじゃね」
彼女は否定も言い訳もせず、小さな声でそう言った。その横顔は思わず見とれてしまうくらい美しく、今にも壊れそうなくらい繊細だった。
「⋯認めるんだな」
「まぁ、キミがこうやって真正面からぶつかってきてくれとるのに、変にかわしたりするんは失礼じゃろ?」
「じゃあ敢えて言うよ、お前の奈緒への恨みはただの腹いせだろ」
「ほうかもしれんねぇ」
彼女は声を荒らげるわけでも、涙を流すわけでもなく、淡々と答える。俺にはそれがかえって不気味に感じられ、それと同時にこれ以上歌恋を追い詰めたくないという思いが湧き上がってきた。
「じゃけどね」
「ん?」
「もし私の感情がただの腹いせとか八つ当たりじゃとしてもね、私にはもうそれしか無いんよ」
「⋯でも、いくら奈緒を恨んだところでお前の兄は帰ってこない」
「そんなん、知っちょるよ。でも、誰かのせいにせんと、誰かに気持ちをぶつけんと、私の心が壊れてしまうけぇ」
「⋯その気持ちは俺にも分かるよ」
風がゆるやかに吹き、彼女の綺麗な黒髪を揺らす。歌恋は少しだけ体をこちらに寄せて、俺の肩に頭を預けた。
「でもねぇ、もしあの女がおらんかったら私の兄は今も生きとるかもしれんじゃろ?兄があの女と仲良くなろうとして、そのうち二人が付き合ってるなんて根も葉もない噂が流れて、それが原因で何の罪もない兄が苛めの標的にされて」
「⋯うん」
「そんなん、そもそもあの女がおらんかったら起こらんかった事じゃろ?そう思ってしまうのは仕方がなぁ事じゃろ?」
俺が彼女と同じ立場なら、おそらく同じように考えただろう。俺は話を事件へと繋げる為に、次の言葉を喉から出した。
「奈緒の店のホームページをわざわざ作ったのはなんでだ?」
「それはねぇ、キミを事件に巻き込みたかったけぇよ」
「⋯なんで俺を巻き込もうと思ったんだ?」
「キミは清水凛華の友達じゃけぇね、そして清水の父親はあの女の仇じゃけぇ、上手いこと利用出来ると思ったんよ」
「⋯利用ってどういう意味だよ」
「私の目的はただ一つ、あの女に出来るだけ多くの絶望を与えて殺すこと。その為にやれる事は何でもやるつもりじゃったけぇね。心を許せる友達が死んだら、ちったぁ私の気持ちも分かるじゃろ?」
「じゃあ、俺の事も殺すつもりだったんか?」
「ほうよ、でも出来んかった。キミはいつも優しくて、こんな私の事を抱きしめてくれて、気が付いたら殺せんくなっとったんよ」
そう言うと、歌恋は顔を上げて少し悲しそうな笑顔を見せた。
「って、キミが聞きたいのはそんな事じゃないじゃろ?」
「⋯ああ。他にもいくつか聞きたいことがある」
「ええよ、なんでも聞きんさい」
「連続不審死事件を起こしたのは、最終的に奈緒を殺す為なのか?」
「ほうよ、木を隠すなら森の中って言うじゃろ?」
「⋯凛華に仕事をさせてたのもお前なのか?」
「仕事⋯ああ、色々と運ばせたりしたのは私じゃね。あの女のフリをしてSNS経由で指示を出しとったんよ」
「そうだったんだな⋯」
「一番聞きたいのはそんな事じゃないんじゃろ?」
どうやら彼女には俺の心は全てお見通しのようだ。歌恋は相変わらず俺の肩に頭を預けたまま、目を閉じて穏やかな顔をしている。目を閉じていると彼女のまつ毛が長い事がよく分かる。俺は揺れそうになる心をぐっと堪えて、一番聞きたかった質問を歌恋に投げた。
「⋯山本楓花と出会ったのはいつだ?」
彼女は俺の肩からゆっくりと頭を話すと、自分の膝に肘を立てて両手で頬を覆うようなポーズを取った。そして小さく深呼吸をすると、眼下に広がる夜景を眺めながら話し始めた。
「⋯初めて楓花と出会ったのは、去年の七月だったんよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます