第34話Primrose

「今日は楓花の友達としてじゃなく、探偵として会いに来た」

実際に言葉に出すとやや恥ずかしい。俺は別に探偵でもなんでもないただの無職だ。

「ふうん、そっかぁ。ちょっぴり残念」

彼女はそう言うと少し拗ねたような表情を浮かべ、アイスココアをゴクリと飲み込んだ。

「でもわざわざ探偵さんとして楓花に会いに来たってことは、何か進展があったんでしょ?」

「まあな。あれから色々な奴と会って話をしてきたからな」

「それでそれで?何が分かったのか楓花にも教えてよ、探偵さん」

喋り方は無邪気そのものなのだが、少し馬鹿にされているような気もする。楓花は見た目や言動こそ幼いものの、今まで話してきた感じではとても頭の切れる女だ。順序を間違えればあっという間に彼女のペースに飲み込まれてしまう。

「とりあえず、この前楓花が言ってた松本奈緒の母親の件は事実だと確認できた」

「じゃあ奈緒ちゃんとお話してきたんだね、楓花は嘘言ってなかったでしょ?」

「ああ」

「他には他には?」

「凛華とも話して、話の裏付けも取れた。後は⋯」

「歌恋ちゃんとお話したのかな?」

楓花はそう言ってニヤリと笑った。これまで楓花と歌恋には接点がないと思っていたが、どうやら彼女は知っているようだ。

「⋯なんで歌恋の事まで知ってるんだ?」

「さあね、そこを調べるのが探偵さんのお仕事でしょ?」

「くっ、まあいい、とにかく歌恋とも話をして、アイツには松本奈緒に対する殺意があると再確認出来た」

「うんうん、よく出来ましたっ!」

彼女はそう言って大袈裟に両手でパチパチと拍手をして見せた。ここまでは想定内という事なのか、彼女はニコニコと笑ってはいるものの、どこか不気味さのようなものを感じる。

「でも歌恋ちゃんとお話したってことは、もうみーくんも分かってるよね?」

「なにがだ?」

「歌恋ちゃんの動機が、ただの逆恨みだって事」

「⋯そこまで知ってるのか」

「まあね、楓花は皆と知り合いだからね。あっ、でも友達なのはみーくんだけだよ?おばちゃーん!おかわりー!」

「はいはい、ちょっと待ってね楓花ちゃん」

新しいアイスココアが運ばれてくるまでしばし休戦だ。楓花は俺を含め全員と接点があり、そして過去まで詳しく知っている。だが、凛華や歌恋、奈緒からは楓花の名前は一度も出ていない。楓花が彼女達の弱みを握っているのか、それとも皆が彼女を庇っているのか、今はまだ分からない。そんな事をぐるぐると考えていると、新しいアイスココアが運ばれてきた。

「さてと、その様子じゃみーくんはまた楓花を疑ってるみたいだね」

「別に疑ってる訳じゃねえけど⋯」

「けど?」

「けど、少し楓花の事が分からなくなってる」

「あはは、なんだそりゃ。そんなの当たり前でしょ?楓花とみーくんはまだまだ出会ったばっかなんだから分からないのは当たり前でしょ?」

「そりゃそうだけど」

彼女は少しだけ目を細め、窓の外をチラリと見た。横顔を見る機会がほとんど無いので分からなかったが、彼女は見る角度によってはとても大人びた顔にも見える。

「みーくんは皆の事を分かってるつもりなんだね」

「それはどういう意味だよ?」

「好きって言葉とか、キスとか、ハグってのはね、どんな状況も一瞬でひっくり返せるだけの力がある、女の武器なんだよ」

楓花の言葉はとても冷たく、その目は俺の全てを見透かしているようだった。俺は彼女の言葉を受け、凛華に言われた言葉や歌恋との公園での出来事、そして奈緒との車内での出来事を思い出していた。

「みーくんはさ」

「⋯なんだ?」

「心のどこかで、この子にとって自分は特別な存在なのかもって思ってるんでしょ?」

「⋯分からない、けどもしかしたらそうなのかもしれない」

「探偵さんがそんな状態で大丈夫なのかな?私情に邪魔されて、無意識のうちに真実から目を背けてるんじゃない?違う?」

俺は何も言い返せなくなった。そんな俺を追い詰めるように、彼女は言葉を続ける。

「優しさと優柔不断は別物だからね、そこを履き違えちゃうといつまで経っても事件は解決出来ないよ」

「⋯確かに、楓花の言う通りだ」

「なーんてねっ、ちょっと意地悪してみただけだからそんな顔しないでよー」

重くなった空気を変えるように彼女は明るく無邪気に笑いかけてくるが、俺は彼女の言葉を引きずったままで、テーブルを見つめながら氷の溶けた薄いコーヒーを飲むことしか出来ないでいる。

「もー、みーくんいつまでそんな顔してるの、これじゃ楓花が悪者みたいじゃんかー」

「あ、ああ。ごめん」

「しょうがないなぁ。意地悪しちゃったお詫びにまたヒントをあげるね」

「まだ何か知ってんのか?」

「えへへ、楓花は物知りだからね!それで、今のみーくんに教えてあげられる事はねー」

「勿体ぶってないで早く教えてくれよ」

「そう急かさないの、みーくんに楓花が渡したライターの事覚えてる?」

俺は記憶を辿り、公園で自分のライターがガス欠になった時に彼女からライターを受け取った事を思い出した。

「ああ、奈緒の店の名前が書かれたライターだったよな?」

「ご名答。そこからみーくんはどうやって奈緒ちゃんのお店を見つけたの?」

「確か⋯ネットで検索したらホームページが出てきたはずだ」

俺はそこまで言ってようやく思い出した。ほんの少しの違和感、奈緒が俺に言った言葉を。


『ウチはホームページなんて作ってねぇんだけどな』


「えへへ、もう分かったかな?あのホームページを作ったのは歌恋ちゃんだよ」

楓花はそう言うと、ココアを飲み干しテーブルにお金を置いて立ち上がった。そして前回同様俺の傍に寄ってかがみ込むと、ささやくように言葉を続けた。

「楓花にも武器があるんだよ、今日は特別に使ってあげるね」

彼女はそこで言葉を切ると、痛みを感じないほど軽く俺の首筋に歯を立てて噛み付いた。

「それじゃあ、引き続き頑張ってね、探偵さん。あっ、でもね、次会う時は友達として会いたいな。じゃあね」

呆気に取られる俺を他所に、彼女は勝手に別れの挨拶を済ませると、ドアを開けて去っていった。

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