第30話Meadow saffron

「今日、鈴木歌恋と会ってきた」

俺の一言で、薄暗い店内の空気が一瞬にしてピリついたのが分かった。奈緒はもう一杯目を飲み干したようで、カランと氷の音が鳴った。彼女はマスターを呼ぶと今度はジンバックを二杯注文し、煙草に火を付けた。俺も慌てて一杯目のグラスを空にする。

「それで、何でそれをウチに話した?」

「アイツの兄の死因は自殺だった。だから、お前が殺した訳じゃないってのは信じる」

「へぇ、そうだったんだ」

薄暗い店内では隣に座る彼女の表情すら上手く読み取れない。それっきり会話は途切れ、俺は次の一手を考えていた。歌恋は俺に、隣に座る奈緒を自殺未遂に追い込んだのは自分だと認めた。だがそれを彼女に話すことが良い事だとは思えない。

「清水凛華を知ってるか?」

ようやく絞り出した一言に、奈緒は暗がりでも分かるくらい口角を吊り上げて笑った。

「ああ、知ってるよ」

「それじゃあ、アイツの父親がお前の母親の仇だって事も知ってるのか?」

「ああ、知ってる」

そう言うと彼女はグラスを空け、隣に座る俺にも聞き取れないくらいの小声でマスターに注文をする。しばらくして目の前に置かれたカクテルは、パッと見ではなんの変哲もない、少しお洒落なカクテルに見えた。俺はさしてあるストローで一口飲んでみた。味はどこか紅茶のような味で、はっきり言って美味しい。だがそれと同時に喉が焼けるような熱さを感じる、このカクテルの度数はおそらくめちゃくちゃに高い。

奈緒は俺の反応を楽しむように眺め、自身も一口飲むと口を開いた。

「このカクテルはな、ロングアイランドアイスティーって言うんだ。味は飲みやすいけど、イカれた度数をしててな、ウチのお気に入りのカクテルなんだよ」

「初めて飲んだよ。マジでキツいなこれは」

「あはは、この前みたいに酔い潰れんなよ?稔、お前はウチに話したいことが沢山あるようだからな」

「奈緒、お前が凛華の父親の事を知ってるのは分かった。凛華とは直接関係はないのか?」

「どこまで素直に話そうか迷うところだな」

「話せる範囲で良いから、聞かせてくれ」

「ウチが凛華と初めて会ったのは、去年の12月だった」

「⋯そんなに前から知り合いだったのか」

「あの頃アイツは車を探しててな、それでたまたまウチの知り合いの中古車屋にやってきたんだよ。稔もよく知ってるだろ?アイツの白いプレリュード、アレを凛華に売ったのはウチだ。ビックリしたよ、まだ18になったばっかのガキが130万、一括で払ったからな」

「その時点でお前は凛華の父親の事も知っていたのか?」

「いや、まだその時は知らなかった。だけどそれから納車まで何度かやり取りしてるうちに、凛華がこの町で部屋を探してる事を知った」

奈緒はそこで言葉を切ると、カクテルを飲み干して同じものを再び二杯注文した。俺も氷で少し薄まったものの、まだ十分度数の高いカクテルを一気に飲み干す。

「それで?」

「まあ普通は部屋を借りるってなるとな、保証人をつけなきゃなんねぇんだ。だけど凛華は親元から籍を抜いていて、つけられそうな保証人もいなかった」

俺はあの日病院で警察から聞かされた言葉を思い出した。

「⋯それから?」

「少し怪しいと思ってな、裏で色々と調べたんだよ。それでアイツの父親がウチの母の仇だと知った。でもな、ウチはアイツの父親の事は憎んでるが、凛華には何の恨みもねぇ。だからウチらみたいな裏の人間でも保証人無しで借りられるアパートを、凛華に紹介してやったんだよ」

「そうだったのか」

彼女の話には整合性があり、嘘はないように思える。俺はもう既にかなり酔っ払っていたが、なんとか頭をハッキリとさせ、もう一つだけ気になっていた事を聞いてみることにした。

「もう一つだけ、聞いてもいいか?」

「なんだ?」

「凛華の家のポストに銃弾を入れたのは、お前なのか?」

彼女は少し考え込むような仕草をしたが、俺が辛抱強く返事を待っていると、諦めたように煙草に火をつけて口を開いた。

「ああ、そうだよ」

「何でだ?」

「警告してやったんだ、この事件にこれ以上関わるなってな」

「じゃあ、お前もこの事件に関わってるって事か?」

「さあな、質問は一つだけだって言っただろ?もう今日はここまでだ」

奈緒は俺の言葉を逆手にとってみせた。俺は何も言い返せず、目の前に置かれたカクテルをぼんやりと眺める事しか出来なかった。

「稔、お前はやっぱり事件について調べてんのか?」

「⋯ああ、そうだ。俺は大切な友達を失いかけた、だから事件の真相を突き止めて、止められるのならば止めたい」

「そうか、もういくらウチが止めたって聞きやしなさそうだな。でもな、稔」

「なんだ?」

「これ以上首突っ込むんなら、本当に気をつけろよ」

「どういう意味だよ?」

「意味なんてねぇよ、ただな、ウチはお前と同じで大切な友達を失いたくねぇ、それだけだ」

彼女はそう言うと、俺の右手に自分の左手を重ねてそっと握った。奈緒の親の件、そして凛華の家のポストに入れられていた銃弾の件。少しずつではあるが確実に、謎を解く手がかりが集まりつつあるように感じた。

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