第24話Lilium lancifolium

こういう時に限って時計の針はゆっくりと進む。朝仕事に行くまでの一時間と、今こうして過ごす一時間では時間の進み方が倍は違うように思う。そんな現実逃避とも言える意味の無い思考を巡らせていると、楓花は制服のポケットから何かを取り出してパクパクと食べ始めた。ちなみに今日も彼女は前回とは違う制服を着ている。

「ここ持ち込み大丈夫なのかよ」

「バレなきゃ平気だもん」

年老いた女店主は奥に引っ込んだまま、出てくる気配は無い。

「てか何食べてんだ?ラムネか?」

「ううん、違うよ。サイレースだよ」

「え?」

サイレース、俺も医者から処方されているかなり強力な睡眠薬だ。それを彼女はいくつも食べている。普通そんな量を一気に服用すると吐いてしまうか、家に帰る前に意識が飛んでしまう。

「そんな量飲んで大丈夫なのかよ⋯」

「大丈夫だよ、だって楓花にはもう効かないもん」

確かに睡眠薬は飲んでいるうちに体が慣れて効きが悪くなる事もあるが、それにしても異常な量だ。それに、効かないのならそもそも飲む必要がない。

「じゃあなんで?って顔してるね。効かなくてもさ、体はしっかり依存しちゃってるんだよね。体と言うか、心がなのかな」

楓花の言う事は少しだけ分かる気がした。

「それにしてもサイレースって言っただけで何の薬か分かっちゃったんだね、みーくんは物知りなんだね」

「と言うか、俺もたまに飲んでるからな」

「そうなんだ、楓花が病院にいたのは薬を貰うためだよ。これだけ沢山貰おうと思うと、色んな病院ハシゴしなきゃだから大変なんだよ」

「そうだったんだな、なんつーかいきなりキツい態度をして悪かった」

「あはは、別に楓花は気にしてないよ?」

彼女はそう言って笑うと、再び大きな声で店主を呼んだ。どうやらココアのおかわりをするらしい。新しく運ばれてきたアイスココアをストローでクルクルとかきまぜながら、楓花は再び口を開いた。

「みーくんが聞きたいのはそんな話じゃないんでしょ?」

「まあな」

「問題はさ」

「ん?」

「誰がどう嘘をついてるかって事だよね」

「⋯てことは誰かが嘘をついてるって事か」

「あはは、楓花はそうは言ってないけどね」

「話が見えねえぞ」

「あのね」

そこで言葉を切り、彼女は一口ココアを飲む。

「嘘には二種類の嘘があるの、知ってる?」

「あれか?ただの嘘と、相手を思いやってつく嘘とかってやつか?」

「全然ちがうー」

「じゃあなんなんだよ?」

「嘘は、話さなくてもつけるんだよ」

「どういう意味だ」

「みーくんは楓花に全てを話してないよね?それって、楓花から見たら嘘をついているのと何も変わらないって事」

その言葉に俺は少しドキッとした。確かに俺は楓花にも、歌恋にも奈緒にも凛華にも、それぞれ言ってない事がある。それは言わない方がいいとか、言っても仕方ないとか理由はバラバラだが、後になって話せば確かに「なんであの時言わなかった」と相手は思うだろう。それが嘘だと言われれば、確かに嘘になるのかもしれない。

「楓花も、俺に話してない事が沢山あるのか?」

「あはは、当たり前でしょ?だってまだ楓花とみーくんは出会って数回しか会ってないんだよ?みーくんこそ、楓花に全部話してるの?」

「いや、話してない⋯」

「じゃあ、楓花もみーくんも、どっちも嘘つきだね」

彼女はそう言うと、再び不気味な笑みを浮かべた。 そんな事を言われると、俺は何も言い返せなかった。俺は知らず知らずのうちに、凛華の事も歌恋の事も奈緒の事も、そして目の前の楓花の事も少しずつ疑っていた。そして、全員にそれぞれの情報をなるべく流さないように、無意識のうちに喋ってきた。

「あのね、みーくん」

「なんだ?」

「この町ではいっぱい人が死んで、その全てが事故死や自殺で処理されてるよね」

「うん」

「これってすっごくミステリーだよね」

そう言うと彼女は何がおかしいのか、ケラケラと笑いだした。

「何が言いたいんだよ⋯」

「別に。物語がミステリーなら、みーくんは探偵さんって役どころかな?でもね、これだけは覚えておいてね」

楓花は残り少ないアイスココアを一気に飲み干し、俺の目を真っ直ぐ見据えながら言葉を続けた。

「良いミステリーは、ちゃんと探偵さんが犯人の動機や犯行のトリックを解いてこそ、完成するもんなんだよ」

言葉の意味を理解しようと固まっている俺をよそに、彼女はスっと立ち上がると、テーブルにお金を置いて俺の横で屈んだ。そして、吐息がかかるほど近付くと、小さく俺に耳打ちをした。

「一つだけヒントをあげるね。五年前、正確には五年とちょっと前だけど、奈緒ちゃんのお母さんを轢いて死なせたのは、凛華ちゃんのお父さんだよ」

「⋯え?」

あまりにも予想外の情報に、俺の頭はさらに混乱した。だがそんな俺を尻目に、彼女は俺の肩をポンと叩くと、「頑張ってね、探偵さん」と言い残して店を去っていった。

時刻はまだ15時過ぎ、俺は席に着いたまま煙草に火を付け、楓花と話した内容を必死に思い返していた。

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