第20話Bush clover
「なあ、最後に二つだけ聞いてもいいか?」
自宅アパートの前に停まった車内で、俺は奈緒にそう問いかけた。
「別にいいぞ、なんだ?」
「あの日の帰りに跳ねてしまった死体はどうなったんだ?」
「ああ、その事か。あれならウチらなりの方法でカタをつけたよ」
「お前らなりの方法ってなんだよ」
「まぁ、簡単に言えば車はウチらの経営してる中古車屋で廃車にして処分した。稔は気が付かなかったかもしれねぇけどな、あの日あの場所で手足を縛っていた結束バンドを切ってたんだよ」
「それは知らなかったよ。それで?」
「後はウチのもんを現場に向かわせて、靴と適当に作らせた遺書を歩道橋の上に置かせて終わりだよ。この町の警察は面倒事を嫌うからな、どっからどうみても飛び降りで死ねる高さじゃねーし、道路には血の着いたタイヤ痕も残ってたのに結局は自殺で処理されたよ」
流石は裏稼業の娘と言ったところか、それにしてもこの町の警察はずいぶん無能なようだ。
「で?もう一つはなんだよ?」
「ん?ああ、お前のやってた店の名前はどういう意味だったんだ?」
「なんだ、そんなことか」
彼女はそう言うと少しだけ表情を曇らせた。
「金盞花の花言葉は『別れの悲しみ』なんだ。ウチの母は、中一の時に飲酒運転の車に轢かれて死んだんだ。母の誕生日は二月八日、誕生花は金盞花。それで母への思いを込めて店名にしたんだよ」
「そっか、なんか嫌な事思い出させたみたいでごめんな」
「いいよ、別に。聞きたいことはそれだけか?」
「もう一つだけ聞いてもいいか?」
「お前は質問ばっかだな、なんだよ?」
「お前の母親を轢いた相手には、復讐したのか?」
「してねぇよ。いくらウチの親父がヤクザでもな、カタギには手はださねぇんだよ。まあ、轢いた奴は嫁と子供がいたらしいんだがな、事故がきっかけで離婚して家庭はバラバラに、本人はアル中になったって聞いたよ」
「そっか、色々詮索して悪かった」
「気にすんな、それじゃあまたな」
去っていく奈緒を見送り、数日ぶりに家に帰る。念の為ポストやドアを確認するが、特に異常は見られなかった。
シャワーを浴びて汗を流し、歯を磨き服を着替えて髪を乾かす。スマホの日付を確認すると、奈緒の店が燃えたあの花火大会の日から約二日が経過していた。俺はバイト先の店が暇になる時間まで待ってから電話をかけた。電話に出た店長は、捲し立てるように怒鳴り続け、最後に「もう来なくていい」と、事実上のクビ宣告をして乱暴に電話を切った。二日も無断欠勤したのだから仕方がない、こうして俺は21歳フリーターから、21歳無職へと呆気なく降格した。
明日からどうしようかと考えつつ、ベランダに出て煙草を吸う。仮に一ヶ月働かなくても金はギリギリどうにかなる、日中も自由に動けるとなると事件について調べるにはむしろ好都合だろう。
部屋に戻った俺は、BGM代わりにテレビを付け、ローテーブルの収納に入れてあるルーズリーフとペンを取り出して床に座った。ここ最近の一連の出来事をルーズリーフに書き込み、今一度頭の中を整理していく。
まずは清水凛華、彼女には白いスポーツカーの噂がある。そして一番最初に俺に警告したのも彼女だ。俺の家の裏で首吊り死体が見付かった日の前日、凛華は「用事がある」と言って迎えに来なかった。そして最後にドライブをした日を境に連絡が取れず、その間に松本奈緒の車に人が飛び降りてくる事件と放火事件が起こった。こうやって考えると凛華が犯人の可能性は十分に考えられる。しかし、そうなると説明出来ないことが一つだけある。それは凛華の家のポストに入れられていた銃弾だ。それが彼女による自作自演なのか、第三者による警告なのかは今は判断が出来ない。凛華は俺にとって一番大切な友人だ、だから彼女が犯人だとは思いたくない。それに彼女に人を殺す動機があるとも思えない。
次に鈴木歌恋、彼女と殺人依頼のオープンチャットの噂を紐付ける証拠はまだ無い。彼女との最初の出会いは「Hyacinth」というバーだった。掲示板の書き込みを元に訪れたバーで、彼女は俺にシャンディガフを奢って無言で去った。それはオープンチャットへ通じる合言葉で、カクテル言葉は「無駄なこと」だった。そして二回目に会った時、彼女はエル・ディアブロを俺に奢り、たどり着いたオープンチャットで「松本奈緒はヤクザの娘」とだけ俺に伝えた。そしてエル・ディアブロのカクテル言葉は「気をつけて」だ。それから数日がたち、俺の部屋のドアノブに血のような何かが付着していたあの日、バスに乗っていた俺の目の前に再び歌恋が現れた。そして連続不審死事件の最初の被害者が出た神社で、彼女は涙を流し、俺は思わず後ろから抱きしめた。そして俺に自身の名を明かし、「この町ではまだまだ人が死ぬ」と謎の予言を残して消えた。最後に会ったのは花火大会の日、奈緒の店がある雑居ビルが燃えた日だ。そこで歌恋は「兄を殺したのは松本奈緒」だと言い、狂気的に笑いながら涙を流し、「私は人を殺していない」と犯行を否認して消えた。歌恋には、松本奈緒に対しては動機がある。だがそれが連続不審死と繋がるとは思えない。
次に、松本奈緒についてまとめてみる。彼女と最初に出会ったのは彼女が経営するタトゥーショップでだった。その日、俺は彼女にタトゥーを彫ってもらい別れた。そして二回目に会ったのは凛華の家のポストに入れられていた銃弾を持っていった時。そこで彼女は友達になる事と引き換えに、俺に協力することを約束した。そして翌日に二人で酒を飲み、友達になった。彼女は俺に「引き返すのなら今しかない」と警告し、人身事故で電車がとまった日に俺をドライブに誘った。そして、その帰りに結束バンドで手足を結ばれた人間を轢き、その翌日に奈緒の店が燃えた。そして雨に濡れて体調が悪化しかけていた俺の前に現れ、俺を介抱してくれた。奈緒は「人を殺していない」と犯行を否定したが、鈴木歌恋の事、そして歌恋の兄の事を知っていると認め、不登校になった理由が掲示板やSNS上での嫌がらせだった事、そして母が飲酒運転で亡くなっている事を俺に話した。彼女にも連続不審死事件に繋がる動機はないように思える。だがヤクザの娘である事、そして歌恋の言った「兄を殺した」と言う発言に関して、奈緒が俺に嘘をついていないという確証はない。
最後に、山本楓花についてルーズリーフにまとめていく。彼女と初めて出会ったのは、俺の部屋の前に置かれていた猫の死骸を公園に埋めていた時だ。楓花は俺に「友達になろう」と言い、一緒に猫を埋めてくれた。そして松本奈緒のタトゥーショップの名前が刻まれたライターを俺に渡した。二回目に会ったのは、凛華に俺が余計な一言を言ってしまった晩の事だ。楓花は気落ちしている俺に優しく接してくれたが、それと同時に「楓花の人生を邪魔する奴がいたら視界から消してしまう。それで良いんだよ」と言う冷たい言葉を残して消えた。そして松本奈緒の車で人を轢いた晩、彼女は再び俺の前に現れ、翌日が花火大会である事、そして「ホントに一番綺麗な花火が見たかったらシャッター通りに来てみてね」と言う言葉を残して消えた。そして俺が彼女の言う通りに商店街を訪れると、奈緒の店が燃えていた。こうして紙に書き出してみると、楓花が何かしらの形で事件に関わっているようにも思える。だが、彼女の華奢で小さな体で、何人もの人間を不審死に見せかけて殺す事など出来るのだろうか?そしてもし仮に彼女が犯人だとしたら動機はなんなのか。
一通りの情報を書き出した俺は、ペンを置いて目頭を押さえた。パズルのピースは俺の手元に揃いつつある。だが、それを正確に組み合わせた時、目の前にどんな絵が現れるのか、今の俺には想像も出来なかった。
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