第16話Roof iris

翌日、目が覚めるともう夕方の16時だった。久しぶりに睡眠薬を飲んで、ぐっすりと眠った。あれから松本奈緒はどうなったのだろうか?清水凛華は今どうしているのだろうか?気になってスマホを確認するが、どちらからも連絡は来ていなかった。

19時、少し早めに支度を終え家を出る。家からバス停までは徒歩15分、そこからバスに乗って30分でシャッター通りに着く予定だ。

俺の立てた予定通り、バスは沢山の人を乗せてやってきた。中には浴衣の女の子も数人混ざっていて、今日が花火大会なのだと改めて思わされる。唯一予定と違ったのは、道路が予想よりもかなり混んでいてバスの運行に遅れが生じた事だった。それでもなんとか20時までにはシャッター通りに到着出来そうで、俺はほっと胸を撫で下ろした。

近くのバス停でバスを降り、シャッター通りを目指して歩く。いつにも増して人通りが少ない、そりゃそうだ、こんな場所でわざわざ花火を見る人間なんておそらく俺と楓花ぐらいだろう。彼女がこの場に来るかどうかは知らないが。商店街の入口に近づくにつれ、けたたましいサイレンの音と共に数台の消防車が俺を追い抜いていく。どこかで火事が起きているのだろうか、俺は少し歩を早めた。

20時丁度、町に最初の花火の音が鳴り響く中、俺は商店街の入口に到着した。入口には数台の消防車と、少しの野次馬、商店街にかかるアーケードの上空には、高々と黒い煙が立ち上っていた。俺は何か嫌な胸騒ぎのようなものを感じて、更に歩を早めた。気が付けば俺は周りの視線も気にせず、全力で走っていた。

息を切らしたどり着いた俺の目の前に広がっていたのは、黒煙をあげながら轟々と真っ赤に燃え盛る、一棟の雑居ビルだった。それは数日前にタトゥーを入れ、その後奇妙な友情に乾杯をしたあのビルだった。

「奈緒…」

俺は力無くそう呟き、その場に膝をついて座り込んだ。


「じゃあシャッター通りにおいでよ、あそこが一番綺麗に見える場所だから」


楓花の言葉が頭を過り、俺は徐々に怒りの感情が湧き上がってくるのを感じた。楓花の言葉と目の前の光景から考えられる最悪の展開、だがそれと同時にあどけない彼女の笑顔を思い出すと、楓花の仕業だと思いたくないという相反する感情が湧き上がってくる。

ふと、足元に視線を落とすと地面には一本の線香花火が落ちていた。俺はそれを拾い上げズボンのポケットにねじ込むと、スマホを取り出して奈緒に電話をかけた。祈るような気持ちで何度もコールを鳴らすと、20コールを超えた頃にようやく電話が繋がった。

「もしもし?」

「ああ、稔か。お前今どこにいる?」

「奈緒の…店の前だ」

「じゃあ何が起きてるかは分かってんだな」

「ああ、奈緒は無事だったんだな」

「まあな、店を失って無事だっつーのも変な話だけどよ。それより」

「なんだ?」

「一刻も早くその場を離れろ、お前の予想は大体当たってる。残念ながら誰かがウチの店に放火したんだ。そいつは今も近くにいるかもしれない、だから一刻も早くその場を離れろ」

「分かった、お前はどうするんだ?」

「ウチはウチでやらなきゃなんねー事があるからよ、また落ち着いたら連絡する。いいか?お前が心配してくれるのは嬉しいけどよ、先ずは自分の身の安全を第一に考えて行動しろよ。もし何かあったとしても、変に首突っ込むんじゃねぇぞ」

彼女はそう言うと一方的に電話を切った。とりあえず奈緒は無事だと分かり、俺は少しだけ安堵した。彼女の言うようにこの場を離れた方が良さそうだ。俺は立ち上がり、最後にもう一度だけ燃え盛る雑居ビルを目に焼き付けてからその場を離れた。

打ち上がる花火の音、鳴り響くサイレン、野次馬の声、その全てが鬱陶しくて、その全てに俺は苛立ちを感じた。逃げるように路地裏に向かい、なるべく人気のない道を選んで進んでいく。街灯もない暗く細い路地に入り込んだ俺は、壁に寄りかかって煙草に火を付けた。なるべくゆっくりと煙を吸い込み、苛立つ心を落ち着かせるようにゆっくりと煙を吐き出す。次第に気持ちが落ち着いてきて、俺は少しだけ冷静さを取り戻した。

家に帰ろう。そう思い、寄りかかっていた壁から離れ路地の出口に視線を移す。視線の先に人影を見付けた俺は、暗がりに目を凝らしてその人物を見た。白のパーカーにショートパンツを履いた前下がりボブのその人物が、鈴木歌恋だと理解するのにそう時間はかからなかった。

彼女もこちらに気付いたのか、ゆっくりと右腕を上げて手でピストルの形を作った。そして、俺に向けて引き金を引く仕草をすると、足早にその場から立ち去る。彼女の一連の仕草は、落ち着きかけていた俺の怒りに再び火をつけた。

「おい!待てよ!」

そう怒りに任せて怒鳴り声をあげるが、彼女は既に視界から消え去っている。このタイミングでわざわざ俺の前に姿を現し、意味深な仕草をした。歌恋は間違いなく何かを知っているはずだ。そう考えた俺は、路地に消えた鈴木歌恋を追うために再び走り出した。


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