第15話Freesia
「ああ、たまには気分転換にと思ってな」
「気分転換?みーくん、何か嫌なことでもあったの?」
「いや、別にそういう訳じゃない」
俺は得体の知れない違和感を感じ、咄嗟に嘘をついた。初めて会った時、二回目に会った時、そして今。鮮やかな水色のロングヘアー、中学生のような幼い顔、華奢で小柄な体、そして屈託のない笑顔。目の前にいるのは確かに楓花なのだが、何かが微妙に違う気がする。月明かりが彼女の姿を照らし出した時、俺はようやく違和感の正体に気が付いた。
「楓花」
「なあに?」
「お前こそ、制服が変わってるじゃねえか」
「あはは、よく分かったね。拍手しないとだね」
楓花はそう言うとぱちぱちと子供のように拍手をして見せた。
「なんで制服が毎回変わるんだよ、おかしいだろ」
「なんでかって?みーくんと一緒だよ、ただの気分転換」
「俺の煙草とは全然訳が違うだろ」
「どうしたの?今日は随分疑り深いんだね、やっぱり何かあったんでしょ?」
どうにも会話が噛み合わない。ついつい楓花の独特なペースに飲み込まれてしまいそうになる。
「楓花、お前はいったい…」
何者なんだ?そう言葉を続けようとした時、おそらく暴走族のバイクであろう爆音が辺りに響き渡った。バイクを視認する事は出来なかったが、比較的開けていて静かな住宅街だと少し遠くで響くエンジン音も驚くほど大きく響く。俺の言葉はあっさりとかき消されてしまった。
「うるせえなあ」
今までとは全く違うトーンで吐き出された彼女の一言で、周囲の空気が一気に張り詰めた。恐る恐る彼女の顔を見やると、いつもの無垢な笑顔はすっかり消えていて、文字通りの無表情に変わっている。
「ああ、ごめんねみーくん。今のはみーくんに言ったんじゃないよ?」
「あ、ああ」
「それで?さっき何か言いかけたよね?」
楓花はまたニコニコと笑いながらそう問いかけてくる。俺はさっき見た表情に気圧されてしまい、言おうとした言葉を飲み込むしか無かった。
「いや、気にしないで大丈夫」
「そう?それにしても迷惑だよね、バカ丸出しの大きな音を鳴らして、せっかく楓花とみーくんの二人だけの空間だったのに、一瞬でぶち壊して」
彼女はそう言うと大きく伸びをして、首の骨を一度だけ鳴らしてから両手を後ろ手に組んだ。そしてそのまま誰もいない道路の真ん中、白いセンターラインの上を歩き始めた。
「みーくん、公園行こうよ」
「ん?ああ」
「それじゃあ、公園につくまで白い所以外を踏んだら死ぬルールね」
「なんだよそれ」
「あはは、子供の頃にやらなかった?」
「まあ、やった事はあるけど」
「じゃあちゃんと楓花についてきてね、ズルしたらダメだからね」
「分かったよ」
俺は諦めて楓花の遊びに付き合うことにした。彼女はセンターラインから横断歩道、横断歩道から路側帯、路側帯から車道外側線へと跳ねるように進んでいく。
「あ、もう白線がないや」
公園のある裏路地にあと少しという所で、彼女はそう言って立ち止まった。確かに届く範囲にはもう白線は無い。公園まではあと数メートル、あと少しで届きそうでギリギリ届かない位置で俺たちは立ち止まった。
「仕方ないなあ、こうなったら奥の手を使うしかないね」
彼女はそう言うとローファーを片方脱いで、続けて白い靴下を脱ぐ。片足でなんとかバランスを取りながら、彼女は脱いだ靴下を投げた。そして裸足にローファーを履き直すと、投げた靴下に向かって小さくジャンプし、次のジャンプで公園の敷地に到達した。
「それ有りなのかよ」
「えへへ、白い所以外踏んじゃダメって言うルールには違反してないよ?」
「確かにそうだけどよ」
「良いから、みーくんも早く」
俺は彼女の綺麗な白い靴下を土足で踏むことに少し抵抗を感じたが「早く早く」と急かす楓花の声に負け、彼女と同じように靴下を一度踏んでから公園へ到達した。
「無事ゴール出来たね、こういう時はハイタッチしなきゃだよ」
そうしてニコニコと笑う楓花とハイタッチを交わす。彼女はそれで満足したのか、汚れてしまった靴下を拾い上げて土を払い、何事も無かったかのように履き直した。
「楽しかったね」
「ああ、なんか久しぶりに子供の頃に戻ったような気がして楽しかったよ」
「ねえ、みーくん」
「ん?」
「目の前に道が無くなったらね、自分の持ってる何かを一つ犠牲にすれば道が出来るんだよ」
「楓花はずっとそうやって生きてきたのか?」
「そうだよ、楓花は行き詰まる度に何かを捨てて、沢山無くして生きてきた」
そう言って笑う楓花の笑顔には、少し影が差しているような気がした。
「何も捨てなくても良い道だって、探せばあるんじゃねえか?」
「あはは、確かにそうかもね。みーくんの言う通りかもしれない。けど」
「けど?」
「それが本当に自分の進みたい道とは限らないでしょ?」
確かに、全てが自分の思うようにはいかないものだ。時には何かを諦めて、進みたくない道を選ばなきゃいけない時だってある。
「結局、どっちを捨てるかなんだよ」
「どういうことだ?」
「前に進むために、自分の望む未来を捨てるか、大切な過去を捨てるか」
彼女の言いたいことは分かる。けど、それが全てじゃないと俺は思った。だけどその思いをどんな言葉にして伝えれば良いのか、俺には分からなかった。
「ねえ、みーくん。明日は花火大会の日だね」
「え?そうだったけ?」
「そうだよ。みーくんは何処から見る花火が好き?」
俺は、なんかそんな感じのタイトルの映画があったな等と、心底どうでも良い事を思った。この時期に花火大会がある事は知っているが、それが明日だとは知らなかった。花火大会なんて、本当に小さい頃に見た記憶しかない。
「ねえ、楓花の質問に答えてよ」
「あ、ああごめん。花火大会なんて当分見てないから、答えがすぐに思いつかなくてさ」
「そっか、謝らないで良いよ。みーくんは明日の夜は暇?」
確か明日はバイトが休みだったはずだ。
「ああ、暇だよ」
「じゃあシャッター通りにおいでよ、あそこが一番綺麗に見える場所だから」
「あそこはアーケードになってるから空なんて見えないだろ?」
「そう思うよね、けどホントに一番綺麗な花火が見たかったらシャッター通りに来てみてね」
楓花はくるりと向きを変え、公園の出口に向かって歩き出した。
「花火大会は20時からだよ、遅れないでね」
彼女はそう言うと小さく手を振り去っていった。
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