第8話Goldenrod
「はっきりとは分からねぇけど、こりゃあ多分7.62x25mmのトカレフの弾だな」
淡い赤色の照明に照らされた小部屋で、松本奈緒は特に興味もなさそうに言い放った。
「それで?こんなもんどうしてウチに持ってきた?」
彼女は明らかに機嫌が悪そうな感じだ。俺は変にオブラートに包んで話すより、ストレートに伝えた方が良いような気がした。
「俺の友達の家のポストにソレが入れられてた」
「だからなんでソレをウチにもってくるんだよ」
「それは」
俺は覚悟を決めて言葉を続けた。
「お前が裏社会の人間だから、何か知ってるんじゃないかと思った」
「へぇ、知ってたんだ」
彼女はそう言うと少し意地悪そうに、ニヤリと笑って見せた。相変わらず美人なのだが、何処か危険な香りのする目つきをしている。
「で?どこで聞いた?」
「それは…」
俺はバーで出会った歌恋の事を話すかどうか迷った。歌恋が何者で、俺にとって敵なのか味方なのかはまだ分からない。今ここで歌恋について告げ口するのは得策ではないように思った。
「まぁいいや、人には言えない事情ってのもあるからな。ウチにも、お前にもな」
「それで、何か知ってるか?」
「さあな、こんな銃弾一つじゃ何も分からねぇよ。それより、何で警察に行かなかった?」
確かに普通ならそうするのが一番だろう。だが、凛華はそれを嫌がった。「警察に行った所ですぐに解決するとは思えない。それよりも、警察に行ったことが相手にバレて、報復される事の方が怖い」それが凛華の言い分だった。
「まぁただんまりか。まあいい、雨宮。お前に協力してやってもいい」
「そうして貰えると助かる」
「ただし、一つ条件がある」
そう言うと彼女は再び意地悪な笑みを浮かべた。松本奈緒はヤクザの娘だ、一体どんな条件を突きつけられるのか。俺はここに来た事を後悔し始めていた。
「条件ってなんだ?」
「それは後だ。先に、イエスかノーか答えろ」
「どんな条件かも知らずに答えなんて出せる訳ないだろ」
「あははは、そりゃ普通はそうだよな。でもな、今のこの状況は普通じゃない。世間の常識なんて、ウチには関係ない」
彼女は大袈裟に笑っているが、その目は全く笑っていなかった。とは言えこの狭い部屋には俺と奈緒の二人しかいない。彼女が椅子に座っているのに対して、俺は立っている。二人の距離は手を伸ばせば届くほどに近いが、部屋の出口に近いのは俺の方だ。この状況なら、いざとなったらいつでも逃げ出せる。
出口との距離を確認する為に一瞬視線を逸らした瞬間、冷たい何かが俺の額に押し当てられた。
「逃げられるとでも思った?」
銃口を突き付けながら、奈緒は先程よりも威圧的な声でそう言った。俺は背中に嫌な汗が流れるのを感じると同時に、選択肢が無い事を悟った。
「分かった、条件を飲むよ」
「あはは、物分りが良くてよろしい」
「それで、条件は?」
「条件はウチと友達になる事や。明日、飲みに行くぞ」
「へ?」
思いもよらない条件に、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。彼女は銃を下に下ろすと、俺に向かって投げた。俺は慌ててそれを掴み取る。
「よう見てみぃ、ただの玩具や」
手に持った銃をよく観察してみると、精巧に作られたモデルガンだった。それにしても友達になる事が条件とは、一体どういう事なのだろう。
「でも何でいきなり飲みに行くんだよ」
「アホか、互いの事なんもしらんうちから協力なんか出来るか」
それは確かにそうだ。
「雨宮、明日は何時から暇や?」
「バイトが終わるのが22時過ぎだから、23時くらいには暇になるけど」
「そしたら明日23時にまたここに来い、安心しろ。酒はウチが奢ったる」
「分かった」
時刻は既に深夜の三時を回っている。今からまた歩いて家に帰るのは流石にしんどい。俺は商店街の入口まで歩き、運良く停車していたタクシーに乗り込んだ。貧乏フリーターの俺にとってはかなり痛い出費だが、ここ最近色んな事が起きすぎて疲れていたのでそれも気にはならなかった。
自宅アパートに戻った俺は、念の為郵便受けを覗き、何も無いことを確認して部屋へと入った。
数日前、部屋の前に置かれていた猫の死骸。そして朝方に家の裏で起きた首吊り自殺。更に清水凛華のポストに入れられていた一発の銃弾。もし犯人がいるとするならば、俺と凛華が狙われている、もしくは関わるなと強く警告されていることは確かだ。
事件の鍵を握るのは、凛華か、それともバーで出会った歌恋か、深夜の公園に現れる楓花か、はたまたヤクザの娘である奈緒か。知れば知るほどに謎は深まり、俺は自分でも知らないうちに蟻地獄へと引きずり込まれているような感覚を覚えた。
「明日は用事があるから迎えはいらない」
そう一言だけ凛華にメッセージを送り、部屋の電気を消して目を閉じる。窓の外では雨が降り始め、雨音は段々と大きくなっていった。そういえば今年最初の台風が来るって客が言ってたような気がする。俺はバイトに寝坊しないように、スマホのアラームをしつこいくらいに重ねがけして眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます