第7話Armeria
終電を逃してしまった俺は、一時間かけて歩いて帰っていた。途中、近所のコンビニに寄り煙草と缶ビールを買って、コンビニを出てすぐ缶ビールを開けた。
連続殺人犯がどうとか、ヤクザの娘がどうとか、オープンチャットがどうとか、女子高生がどうとか、正直どうでもよかった。今はただ「先輩」と俺を慕ってくれていた清水凛華に言ってしまった余計な一言への後悔と、別れ際の悲しそうな表情だけが俺の頭の中を埋めつくしている。
『ボクはいつでも先輩の味方っスよ』
『今日は一人で帰ってください』
相反する二つの言葉が、胸の奥をチクチクと刺すような感覚に陥り、なんとも言えない喪失感に包まれる。
「また会ったね」
気が付けば俺は猫を埋めたあの公園に来ていた。あの日と同じく、街灯の逆光に照らされて一人の山本楓花が立っている。寂しくてやりきれなくて誰かと話したかった俺は、ゆっくりと楓花に近付く。
「みーくん、どうしたの?顔が死んでるよ」
楓花は初めて出会った日と変わらず、ニコニコと笑いながら俺の顔を覗き込んできた。綺麗な薄い水色のロングヘアが風に揺られ、辺りに花のような香りが漂う。
「俺は」
「どうしたの?」
「俺は全然友達がいなくってさ」
「うん」
「でも一人だけ、いつでも俺の味方でいてくれる友達がいたんだ」
「そうなんだ」
「だけど、今日そいつに酷い事を言っちゃって、嫌われたかもしれない」
「だからみーくんはそんなにへこんでるの?」
楓花はそう言うと、そっと俺の頭に手を乗せた。
「友達ならここにもいるよ」
「でも」
でも、その続きを言葉にするのは楓花に失礼だと思い、俺は喉まで出かかった言葉を無理矢理押し込めた。
「でも、楓花とみーくんは出会ったばっかりで、お互いの事なんてなんにも知らないから?」
俺の心を全て見透かしているかのように楓花は言葉を放つ。違う、そうじゃない、そう言わないと。だけど実際、楓花が放った言葉は図星で、俺は何も言えなかった。
「友達ってそんなに大切?」
「え?」
「楓花は友達なんて全然いないからよく分かんないな」
「少ないからこそ大切なんじゃないか?」
「そうかなぁ?でもその数少ない友達にだって、自分の事を全部話してる訳じゃないでしょ?」
「それは確かにそうだけど」
「楓花はね、人は結局一人ぼっちなんだと思うよ」
心のどこかでずっと思っていた事を、自分よりずっと年下の女子高生に言われて、俺はなぜだか「味方がいる」ような気がした。
「じゃあ何で俺と友達になったんだ?」
「別に理由なんてないよ、ただなんとなく。夜中って意味もなく寂しくなったりするよね?」
「それは分かるよ」
「そのタイミングで出会ったのがみーくんだったから、だから友達になったんだよ。ただそれだけの事だよ」
楓花はそう言うと俺の頭に乗せた手を元に戻し、ゆっくりと体ごと後ろを向く。
「でもね、どんなに気が合う友達がいたとしても家に帰れば結局一人ぼっちなんだよ」
「言いたいことは凄くわかるよ」
「急に雨が降り出して濡れちゃった時のガッカリ感とか、運良く電車で席に座れた時の安心感とか、道を歩いてる時に金木犀の香りがした時の少し幸せな感覚とか、全部一人で感じて一人で消化して。そんな事、いちいち誰にも話さないでしょ?」
楓花の発する一言一言に、全て思い当たる部分があって安心すると共に、俺は楓花がとても孤独で可哀想だと思った。
「楓花はそれで寂しくないのか?」
「寂しいよ、でも」
言葉を途中で途切らせて、楓花はゆっくりとこちらを振り返る。再び街灯の逆光に照らされた楓花な表情は、俺からは見えなかった。
「そういう星の元に生まれた人間はね、一人ぼっちに慣れなきゃいけないんだよ。じゃなきゃ毎日が苦しくて押しつぶされちゃうでしょ?」
「一人ぼっちに慣れるか…」
「だから楓花は一人で生きていく。たまに友達を作って、合わなくなったら切り捨てて、楓花の人生を邪魔する奴がいたら視界から消してしまう。それで良いんだよ」
さっきまでとは変わって、背筋が凍るような感覚が俺を襲う。逆光に照らされていても何故だか分かる、楓花は今も変わらずニコニコと笑っている。
「またね、みーくん」
去っていく楓花の後ろ姿を見送りながら、俺はぬるくなった缶ビールを一気に飲み干した。
色々な事が一気に起きすぎたせいで、俺の頭はパンク寸前だった。酔いもかなりまわり、ふらふらと自宅アパートへと帰る。しばらく地面を見つめながら歩いていたが、アパートの近くまで来た時点で顔を上げる。アパートの前には、見慣れた凛華のプレリュードが停まっていた。
俺の存在に気付いたのか、彼女はドアを開けて車を降りた。
「先輩、ずいぶん遅かったっスね」
「ああ、歩いて帰ってきたからな」
辺りを照らすのは自販機の明かりだけで、凛華が今どんな顔をしているのかまでは分からない。
「「さっきは」」
お互い同じタイミングでそう言って、同じタイミングで黙った。
「先輩、先にどうぞ」
「さっきは変なこと聞いて悪かった」
「いいっスよ。ボクの方こそいきなり置いて帰ってごめんなさい」
「こんな遅くまで、俺に謝るために待ってたのか?」
「それもあるっスけど」
彼女はそう言うと上着のポケットから布に包まれた何かを取り出した。
「ちょっとマズい事になったかもっス」
俺は何かを受け取り、自販機の明かりの下で布を開いた。中身は、鈍く光る一発の銃弾だった。
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