第4話Oleander
自宅アパートに着いた俺は、すぐさま異変に気がついた。自室のドアの前に小さなダンボールが置かれていたからだ。最近ネットで何かを注文した記憶は無い。普段の俺ならそんな怪しい物を開けたりなど絶対にしないのだが、今日は少し酔いが回っている事もあってダンボールを拾い、開封してみる事にした。
大きさの割に重いダンボールにはガムテープがぐるぐると巻いてあり、開けるのには少し苦労しそうだ。
「うわっ」
ガムテープを剥がしダンボールを開封した俺は、思わず声を出してダンボールを落としてしまった。中身は、猫の死骸だった。
それから数分後、俺は近所の公園で穴を掘っていた。もちろん猫の死骸を埋めるためだ。別にどこかへ捨てても良かったのだが、なんとなく可哀想で埋葬することにした。
自室のドアの前に猫の死骸が置かれていると言う非現実的な出来事により、酔いはすっかり覚め、季節は夏だと言うのに寒気を感じている。いったい誰がなんの為に、いくら考えてみても答えは出てこない。
「その子、キミが飼ってたの?」
不意に背後から声を掛けられ、俺の体は一瞬にして強ばった。恐る恐る背後を振り向くと、逆光に照らされた小柄な少女が立っていた。少女はこちらへゆっくりと近付いてくる。近づくにつれ、少女は街灯に照らされ徐々に姿が見えてきた。
どこか見覚えのある地元の女子高のセーラー服に身を包んだ少女は、中学生にも見えるくらい幼さを感じる童顔に、薄い水色のロングヘアーと言う、まるでアニメのキャラクターのような出で立ちをしている。
「いや、別に俺が飼ってた猫じゃないけど」
「そうなんだ、じゃあたまたま拾ったその子をわざわざ埋めてあげてるんだね。キミって優しいんだ」
少女はニコニコと笑いながら、鈴の鳴るような澄んだ綺麗な声で語りかけてくる。猫の死骸、深夜の公園、そして目の前の少女。「連続殺人犯は女子高生」三つ目の噂が脳内を過ぎり、俺は少女に言葉を返せずにいた。
「そういえば自己紹介がまだだったよね」
少女はそんな俺の事など全く気にしてないかのように喋り続ける。
「私の名前は山本楓花。楓花って呼んで良いよ。キミの名前は?」
「あ、雨宮稔」
「あはは、じゃあみーくんだね」
「こんな時間に何してるんだ?」
「別に何も。楓花は夜に散歩するのが趣味なんだよ」
どうやら楓花は自分の事を名前で呼ぶようだ。小柄で華奢な体と、子供のような顔を見ているととても楓花が連続殺人犯だとは思えない。
「親に怒られねぇのか?」
俺がそう聞くと、楓花は一瞬だけ表情を曇らせた。
「楓花の両親はね、もういないんだよ」
「そうだったんだ、なんかごめん」
「別に謝らないで良いよ、みーくんの両親はまだ元気?」
「いや、俺の両親ももういない」
俺の両親は去年、立て続けに癌で亡くなった。それが直接の原因なのかは分からないが、俺はその後不眠症と鬱の症状が出て仕事を辞めた。
「そっか、じゃあ楓花とみーくんは同じなんだね」
「ああ、そうだな」
両親の事を思い出し少し感傷的になった俺の心を包み込むように、楓花は優しい声色で語りかけてくる。俺は無意識のうちに警戒を解いていた。
「ねえ、みーくん」
「ん?」
「友達になろっか」
そう言って楓花は右手をこちらに差し出した。俺もそれに答えるように手を伸ばし、楓花と握手をした。
「うん、じゃあ友達になろう」
「やった、楓花は友達が全然いないから嬉しいな」
「そうか、俺も友達はほとんどいないから仲間だな」
「あはは、楓花とみーくんは似てる所が多いね。猫、埋めるの手伝おっか?」
「あ、ああ。ありがとう」
そうして二人で少し深めの穴を掘り、猫の死骸をそっと入れて埋めた。綺麗に慣らした土の上に、楓花がどこからか持ってきたのか、綺麗なピンクの花をそっと置いた。
「この花はね、キョウチクトウって言うんだよ」
「初めて聞いた名前だ、花が好きなのか?」
「うん、花は綺麗で好きだよ。それより、手が汚れちゃったね」
「そうだな、ここ手洗い場あるっけ?」
「うん、じゃあ手を洗いに行こっか」
公園の出口付近にある手洗い場に向かい、二人で手を洗う。濡れた手をシャツで拭こうか迷っていると、楓花は綺麗な白いハンカチを差し出してくれた。
「ありがとう」
「いいよ、みーくんは友達だから」
俺はハンカチを楓花に返すと、ポケットから煙草を取り出して口にくわえた。火をつけようとライターのボタンを押すが、オイルがなくなったのか火花が散るだけで一向に火がつかない。
「これ、あげる」
そう言って、楓花はライターを差し出してきた。
「楓花も煙草吸うのか?」
「あはは、吸わないよ。楓花は未成年だもん」
「まあそうだよな、でも何でライターなんか?」
「花火に使ったんだよ。もう使わないから、あげる」
「ああ、サンキュ」
俺はなんとなく違和感を覚えたが、有難くライターを受け取ることにした。楓花から受け取ったライターで煙草に火をつけ、煙をゆっくりと吸い込む。
「楓花はそろそろ帰るね」
「ん?ああ、気をつけてな」
「うん、それじゃあまたね」
「またな」
そういえば連絡先を聞くの忘れたなと思いつつ、遠くなっていく楓花の背中を見送る。先程感じた違和感を確かめるかのように、ライターを取り出して眺めてみる。どこのコンビニでも見たことのないデザインだ。ライターを裏返してみると、何やらロゴのような文字が書いてある。
「金盞花」
おそらくは花の名前なのだろうが、なんて読むのか分からない。どこかの店の名前だろうか。俺はライターをポケットにしまうと、公園をあとにした。
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