第2話Platanus

翌日、俺は早速例の噂について情報を集めることにした。とはいえ朝から晩までバイトが入っているので、パートやアルバイトへそれとなく話題を振ってみたり、客の噂話に耳を傾ける程度の事しか出来ないのだが。四月にこの店に戻ってきてからずっと、あまり周りと話さないキャラを突き通していたからか、いきなりの質問に皆一様に驚いた顔をしていたが、それでも数人のアルバイトからいくつかの噂話を仕入れる事は出来た。どうやら大きく分けて四つの噂が流れているらしい。

一つ目の噂は、昨日も凛華から聞いたヤクザの娘が関わっているという噂。二つ目の噂は、殺しを依頼出来るオープンチャットがあるという噂。三つ目の噂は、女子高生が(残念ながら学校名までは分からないらしい)事件に関わっているという噂、そして四つ目の噂が、昨日も聞いた白いスポーツカーの噂だ。

正直、どの噂も信ぴょう性は薄く情報もほぼ無いに等しかったが、白いスポーツカーについてはかなり清水凜華に繋がる部分が多かった。

まず、車自体がかなり古いものである事、サンルーフがついていること、ホイールも白い事。その全てが、凛華の乗るプレリュードと一致している。

「先輩、おつかれっス。今日もなんだか浮かない顔してるっスね」

「お疲れ、清水。いや、まあ色々あってな」

バイト終わり、俺はいつもの様に迎えに来た凛華の車の助手席に乗り込んで、ワインレッドのシートに疲れた身体を預けた。凛華は慣れた手つきでハザードランプを消し、代わりにヘッドライトを点灯させて車を出す。

「もしかして、あの噂について調べたんスか?」

「ああ、ちょっとな」

流石に本人を目の前にして直接、この車が怪しいとは言えない。だから俺は他の三つの噂について、凛華に聞いてみることにした。

「ふぅん、ヤクザとオープンチャットと女子高生スか」

「清水はどれが一番怪しいと思う?」

「順当にいけばヤクザの娘ってのが一番犯罪の匂いがするっスけど」

「だよなー、でも流石にそんなもんに首つっこむのは怖いよな」

「後はオープンチャットと女子高生っスよね」

「その二つについて何か聞いたことはあるか?」

「ボクはこの町に来てまだ半年っスからね、友達もいないし、そんな噂は聞いた事ないっス」

そう言われてみれば確かにそうだ。凛華がこの町に越してきたのは今年の一月だ。年齢から言えばまだ高校三年生なのだが、凛華は自分の意思で高校を中退してこの町へやってきた。だからこの街は、凛華にとっては地元でもなんでもないし、友達がいないのも頷ける。

「それじゃあとりあえず俺はオープンチャットの噂から調べてみるよ」

「了解ス。ボクも一応調べてみるっス」

「それじゃ、何か分かったらお互いに報告し合うって事で」

「久々の二人回しっスね、なんかちょっと楽しみになって来たっスよ」

二人回しと言うのは、俺と凛華が働いていた飲食店で頻繁に使っていた言葉だ。本来その店舗では三人で厨房を回すのが良しとされていたのだが、慢性的な人手不足だった事もあり、俺と凛華はよく厨房を二人で回していた。

「約九ヶ月ぶりって考えると、時が経つのは早いよな」

「何オッサン臭い事言ってんスか」

そう言って少し悪戯っぽく笑う凛華の横顔からは、昨日感じた妙な違和感はもう消えていた。

23時過ぎ。自宅アパートに帰った俺は、飯と風呂を済ませてから、早速オープンチャットについて調べてみることにした。おそらく誰もが使っているチャットアプリのオープンチャット機能の事だろう、それっぽい言葉を検索欄に入れて調べてみるが、なかなかそれらしきオープンチャットに辿り着くことは出来ない。そりゃそうか、流石に「殺人」や「依頼」なんてワードで簡単に引っかかるような訳がないよな。そんな安易な名前ならとっくに警察の目にとまっているだろう。

気分転換にベランダでビールを片手に煙草を吸う。まだ七月の初めだと言うのに外は蒸し暑く、深夜二時を回った町はシンと静まり返っている。遠くに見える道路では、無人の横断歩道を信号が赤く照らしていた。明日は久しぶりの休みだ、今夜はもう少し噂について調べてみよう。

ベランダから部屋へと戻った俺は、再びスマホを手に取り、今度は地元の匿名掲示板を見てみることにした。適当にページをスクロールしているとすぐに、「連続不審死事件」というタイトルのスレッドを発見する事が出来た。ページを開き内容を読んでいくが、ほとんどが役に立たない情報ばかりだ。そんな中、一つのレスが目に止まった。

「犯人はタトゥーの入った人物」

これは今まで聞いた噂とは違う。書き込まれた日付を見ると、どうやら昨日書かれたようだ。俺はそのレスに安価を付け、質問を書いてみることにした。

「もっと詳しく知りたい」

そう簡潔に返信を書き、俺はスマホをテーブルに置いて、医者から処方された睡眠薬を数錠飲んでベッドに横たわった。俺が知る限り、清水凜華の体にはタトゥーは入っていないはずだ。もっとも、服で隠れている部分は見たことがないので真相は分からないのだが。白いスポーツカー、ヤクザの娘、女子高生、殺人依頼のオープンチャット、そしてタトゥーの入った人物。俺は本当に存在するのかも分からない犯人に思いを馳せながら、いつの間にか眠りに落ちていた。

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