Hiroshima Sadistic Night

凛5雨

第1話Bindweed

「真夜中に白いスポーツカーに出会うと殺される」

そんな噂をバイト中に聞いたのは、七月に入ってすぐの事だった。なぜそんな噂を聞いたかと言うと、最近この町では連続して若者の不審死が続いているからだ。その不審死はどれも自殺や事故死とされているが、海と山に囲まれた小さな町で連続して死人が出たとなると、自然と都市伝説のような根も葉もない噂が出てくるものなのかもしれない。

「先輩、そんな難しい顔してどうしたんでスか?」

そう、運転席に座る清水凜華に聞かれて、助手席に座る俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

「何一人で笑ってんスか」

「いや、ごめん。一つ聞きたいことがあるんだけど良い?」

「別に何でも聞いていいっスけど」

「この車ってスポーツカーなん?」

「んー、多分違うんじゃないスかね。プレリュードは確かに見た目はスポーツカーっぽいっスけど」

凛華はそう言うと、両腕をピンと伸ばしてハンドルに乗せた。小柄な彼女にとってこの車の運転席は少々広く、かと言ってそれに合わせて座席を前に寄せる訳でもないのでいつも運転がし辛そうだ。

「もしかして、あの噂の事スか?」

凛華はさも興味のなさそうな顔で、綺麗な金髪のツインテールを指で弄んでいる。髪には所々にカラフルなエクステが付けてあり、まるで某映画のヒロインのような出で立ちだ。顔は少々幼さが残るものの、元々かなりの美少女な上、バッチリと施された地雷系メイクが更に彼女の魅力を増している。唯一の違和感は、いつも首筋に貼ってある一枚の絆創膏だ。

「まあな、今日のバイト中にさ、白いスポーツカーに出会うと殺されるって噂を聞いたんだよ」

「ふうん、まあボクの車はどっちかと言うとスポーツクーペだし、そもそも先週の時点ではヤクザの娘が関係してるって話だったっスよね」

凛華は自分の事をボクと呼ぶ。そして俺の事を先輩と呼ぶ。俺はと言うと、基本的には清水と名字で呼ぶことが多い。ちなみに年齢は俺が21歳、清水凜華は18歳だ。

「でもよ、実際こうやって変な噂が流れてるってのは、あんま気分よくねーんじゃねーの?」

「まぁそうっスね、正直迷惑だし、もし本当に連続殺人犯がいるとしたら一言文句のひとつでも言ってやりたいっスよ」

少しの沈黙の後、車はゆっくりと走り出し、俺のバイト先である大型ショッピングモールから離れていく。時刻はもうすぐ23時だ、この時間になると町には殆ど人はおらず、道路もスカスカでもはや独占状態だ。

「もうこの町には慣れたか?」

「どうっスかね、広島市内に比べたら道も覚えやすくて良いっスけど、ちょっと山側に行くと道は細いし運転はし辛いかもっス」

「今もまだ出前の配達してんの?」

「基本はそれがメインっス、先輩は出戻りのバイトはどうなんスか?」

「まぁ、可もなく不可もなくって感じかな。社員だった頃に比べたら全然楽だけどな」

元々俺は今のバイト先の正社員だった。正確には広島市内の系列店で働いていたのだが、色々あって今は正社員を辞め、地元に戻って系列の別店舗でアルバイトをしている。清水凜華と出会ったのは正社員時代の事で、だから今でもその頃の名残で、凛華は俺の事を先輩と呼ぶし、俺は清水と名字で呼んでいる。

「先輩は、本当に連続殺人犯なんていると思いまスか?」

「うーん、どうだろうな」

確かに今起きている連続した若者の不審死は、俺の目から見ても少々不可解ではある。けれど自分が生まれ育った田舎町に、連続殺人犯がいるとは到底思えない。何十年も前はヤクザの多い町として有名だったし、地元で一番有名な山に死体を捨てていると言う、半ば都市伝説のような噂を耳にしたこともあるのだが。

「まぁ、犯人がいるかどうかよりも、今流れてる噂のせいで清水が面倒な事に巻き込まれないかが心配って感じかな」

「ボクは」

そう言いかけて、凛華は少し考え込んでいるような表情を浮かべて黙り込んだ。車は長いトンネルを抜け、出口の信号に引っかかり停車した。

「ボクは、この件に関してはあんまり関わらない方がいい気がするっス、なんとなくっスけど」

そう言った凛華の横顔は、やはり何かを考え込んでいるようで、それでいて少し影を感じる表情だ。俺はどう返すべきか言葉に迷い、カーステレオの無い車内には、気まずい沈黙が流れる。

信号が赤から青に変わり、車は再び走り出す。俺の住むアパートへはほぼ一本道だが、凛華は遠回りになる海沿いの道へとハンドルを切った。俺はなんとなくだが、凛華から普段とは違う、妙な違和感とも言える雰囲気を感じた。

「もし俺が噂について調べるって言ったら、清水はどーする?」

「そんなの決まってるじゃないスか。ボクはいつでも先輩の味方っスよ」

そう言うと凛華は、少し照れくさそうに笑った。

「じゃあよ、俺がしょうもない噂を晴らしてやるからよ、困った時には手を貸してくれよな」

「了解っス、先輩はやっぱり優しいっスね」

「ただのおせっかいだよ」

「そうやって言う所も先輩らしいっスよ」

「それは褒めてんのか?」

「さあ、どっちっスかね」

数分後、車は俺の住むアパートの前に到着した。互いに短い別れの言葉を交わし、清水の車を見送る。俺はアパートのすぐ横にある自販機でコーヒーを買って、煙草を一本取り出し火をつけた。とりあえず明日から噂について調べてみるか。そんな事を考えながら、夜空に向かって白い煙を吐き出す。この些細なきっかけが、決して忘れられない夏の始まりになるとは、この時はまだ思ってもいなかった。

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