番号95

 そこから細々した部分のすりあわせを経て、ついに話は千馬という奴の話に取り組むことになった。

 何となくお互いに後回しにしている感じだったが、もはや避けては通れない。


「遺言状がないと、やっぱり……」

「そうですね。普通にご遺族が継承することになります。ただそうなってしまうと……色々とおかしなことになるでしょうね」


 蔦葛さんも言っていたし、千馬に遺産? のようなものが渡ると本当にマズいんだろう。お金のことだけではなく、社会的地位とかを持ってしまうと手がつけられなくなるとか。


 それを防ぐために、極秘裏にあれこれやっていたようなんだけど、駕籠屋さんの明確な遺志があると証明出来ないと、その仕組みも動かすことが出来ない。

 そういうことらしい。


 遺言状発見まで時間を稼ぐことが出来れば良いんだけど、


「本当に遺言状があるのか?」


 と、千馬サイドから突き上げを食らっているらしい。佐久間さんが身動きが取れなくて蔦葛さんからの連絡がすれ違い状態なのもそれが理由だったらしい。


 その一方で、千馬サイドも遺言状の奪取を狙っていることは間違いないだろう。

 さらにトマさんが監視されていることもほぼ確実。


 だけどそうなると――


「お二人に改めてお願いがあります」


 僕が悩んでいると、佐久間さんが改めて切り出した。


「無茶なことだと、常識外れだとは、わかっています。ですが本当に時間が無い。このままトマソン巡り、つまりは遺言状捜索を続けて貰えませんか?」


 半ば予測していたとはいえ、やっぱりそう来るか。

 しかしそれは……


「都合の良い事ばかりを言っているのは理解の上です。それをもう一つ重ねるなら、トマソンを巡る事は鶴城さんの記憶の回復のきっかけになるんではないでしょうか?」


 それは僕達も考えていたことだ。

 それを言われると弱い。しかし、ここはまず病院に――


「――いいわ。あたしもそのつもりだったし」


 トマさんがいきなり声を発した。

 それも僕が反論する前に。


「トマさん、病院は……」

「それよりもこっちのが優先度は高いと思うわ。あたしもはっきりとは思い出せないけど駕籠屋十善さん……大切な人だったと思う。病院はその後」


 きっぱりと言い切られてしまった。トマさんが胸元のペンダントを握りしめる。

 それに佐久間さんも乗っかってきた。


「病院の手配は任せてください。明日一日だけで良いんです」


 そうか……明日だけか……それなら……


「それで私共もこの市のトマソンについては調べていたんです。鶴城さんと相談の上――」

「それは部長達も集めてくれていたわ。そうだ! あのUSBも調べないと」

「USB?」


 訝しげな声を上げる佐久間さんに僕から説明することになった。

 なし崩し的に、トマソン巡りを了承していることになってしまっている。


 それでも説明しないわけにもいかない。

 僕は託されたUSBの中身を説明した。すると佐久間さんは今まで僕達が回ったトマソンについても聞き出して、英賀先輩のピックアップに興味を示した。


「皆さんが回ったトマソンはこちらでもピックアップしていたものです。それ以外のトマソンとなると……その英賀という方はどうして?」

「多分、この事態が終わったらトマソン巡りが再開になるって考えたんじゃないかと。トマさんを元気づけるため……それにうちの部長も」


 トマソン巡りに関しては部長もやる気があったからな。

 英賀先輩の本命は部長の様な気がする。


「見せてください」


 佐久間さんが詰め寄ってきた。

 こうなっては見せるしかないだろう。それはトマソン巡りの再開を了承するような……ええい、仕方ない。


 僕はPCを立ち上げて、USBをスロットに差し込む。

 そして中に入っていたトマソンの画像と、それに関するテキストデータを確認する。


 ピックアップされているトマソンは三つで――


・階段が二つ重なっている? 番号75へ


・これは地下なのかな? 番号19へ


・ビルの壁に張り付いている扉と、そこからつり下がっている空中階段? 番号61へ

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